

携帯電話に、最後の力を振り絞って貰うつもりで、セットして置いた目覚ましで、5:50分に僕は目を覚ました。
テントを抜け出してみると、まだ小雨がパラついていて、蓄積しまくっている疲れを増幅させるかのようだ。
ここからさらに700km近く走らなくてはならないかと思うと、げんなりするのを通り越して、危機感すら感じた。
順序から行くと、給油→撤収→出発 と行きたいところだが、撤収は少しでも早く済ませたいので(近所の方の目が気になるし)、片づけられるものは片付けながら、ガソリンスタンドの店主さんが現れるのを待った。
「あ! あれか?」
白い車が近づいてくる。やがて車はガソリンスタンドの前に停まり、50代くらいの男性が車から降り、閉店中に人が立ち入らないように張ってあったロープを片付け、車を乗り入れた。
「済みません。夕べお電話差し上げたものですが」
店主さんだと確信した僕は、道路を渡って話しかけた。
「ああ、どうもお待たせ」と、店主さんはにこやかに答えてくれた。
「本当に、ご迷惑をお掛けします」
「いやいや、犬の散歩もあったからねえ」
なるほど、車の中には立派な大型犬が鎮座している。
「まさか、フェリーを降りてから給油できないとは思っていなかったので……。どこも閉まっていたんです」
「そうでしたか。東京からですね。これから帰るの? 大変だねえ」
……などと会話をしている間に、店主さんは給油機の電源を入れ、迷惑そうな顔一つせず、給油を済ませてくれた。
僕は、とりあえずは正規の料金を支払い、店の戸締まりをして、車からお犬樣を連れ出して散歩へ向かおうとする店主さんに、
「有り難うございました。本当に助かりました」と、深々と頭を下げて見送った。
店主さんは片手を上げてそれに答え、小走りに散歩のコースであろう方へ姿を消された。車でガソリンスタンドまで来て車を停め、その後散歩をされるつもりだったようで、給油機には電源が入ったままになっていた。
店主さんの姿が視界から消え、直立姿勢に戻った僕は、やっとこれで先へ進める……という実感が湧いてきた。
僕は、せめてものお礼……と思い、持っていた財布から千円札を一枚、鍵のかかったドアに挟んでおいた。こうしておけば、次にドアを開ける確率の高い店主さんに、僕が置いていったものと察して受け取ってもらえるだろう。
こんな形でお礼をすることにしたのは、支払いの時に渡そうとしては、受け取ってもらえないのではないかという気がしたからであった。
僕は、給油を終えた単車をそのままスタンドの敷地内に停めて雨を凌ぎつつ、テキパキとテントを片付け、パッキングを済ませた。
これで出発と行きたいところだが、もう一つ忘れていることが……。