三大秘湖を目指せ! 無意味にちょっとサイバーなスケッチ旅行/2003年

スケッチのための登山

目覚めて見た光景

然別湖北岸野営場の様子。
然別湖北岸野営場の様子。いやはや、本格的なキャンプ場でした。

携帯電話の目覚ましを8時頃に設定していたはずだったが、僕がテントから這い出たのは10時前くらいだったと思う。昨年のように腕が筋肉痛になったりはしていなかった、初キャンプ明けの僕だったが、拭いきれない疲労感で起きられなかった……のである。そもそも三日前まで明け方に寝て昼過ぎに起きる生活をしていたから……でもあっただろう。
天気はというと、スッキリしない曇天。雨が降りそうな感じではなかったが、だから良いというものでもない。

辺りを見回すと、真っ直ぐに立った高木(杉?)の間にテントが所々に張られており、今まで訪れたキャンプ場には感じられない雰囲気が漂っていた。
食堂だか集会所だか売店だかがある建物の方からは、何やら人が集まってざわついているのを除けば、ひっそりとしたキャンプ場……というのが全容を見た上での印象だろうか。
洗面用具を持って水場を探すと、キャンプ場の奥の方に見つけることが出来た。
……が、《ここの水は飲まないで下さい。人によってはお腹をこわすことがあります》と、張り紙がしてある。いやあ、ここは便利なキャンプ場なのだなあと、つくづく思った。
洗顔等を済ませ、昨晩購入して置いたソーセージの乗っかったパンと缶入りミルクティーで朝食を済ませると、僕はキャンプ場内をうろうろしてみた。

然別湖の様子。
然別湖。
然別湖。天気の良いときに様子を見たかったが、曇天も手伝ってゴムマスクの男が逆さになっていそうな雰囲気。

然別湖は、写真の通り、ひっそりとした雰囲気の湖であり、朝の冷ややかな空気も相まって、寒々しい雰囲気すら僕には感じられた。
遊覧船が航行していたりするのを除けば「観光など知ったことか」というハードな雰囲気が漂っていた。観光に魂を打ったキャンプ場の湖なんかよりは、ずっとスケッチするのに適した湖と言える気がした。
この然別湖のある然別湖北岸野営場は、20時には消灯・焚き火禁止・ゴミは持ち帰る……などとルールがあり、その点から見ても「自然を大切にしつつ満喫し、暗くなったら寝なさい。だってそれがキャンプというものでしょ?」と言わんばかりのハードな設定のキャンプ場であると言えよう。
案外僕はそういうテイストのキャンプ場の方が好きなので、機会があればまた来てみたいものだ。

湖畔を離れ、場内を歩いてみると、たまたまなのだろうが、中国から来たと見える団体さんの姿が見られ、聞き慣れない言葉の子供の声が時折元気良く響いていた。
キャンプ場の入り口からすぐに右に入った辺りにある食堂だか集会所だか……の建物では、その中国人の団体相手に鳩笛作りの講習みたいなことをやっているようで、ハードな雰囲気のキャンプ場内に、出来上がったばかりとおぼしき鳩笛の音が時折響いてきた。

あ、そうだ。宿泊費を払わないと……と思った僕は、管理棟も兼ねた施設へ向かい、関係者らしき人を捜してみた。
すると、喫茶室みたいな雰囲気のところに、エプロン姿の女性の姿を発見した。
「あの……昨晩……深夜から泊まったものなんですが、料金などは、どのようにして支払ったらよろしいでしょうか?」と、すかさず僕は尋ねた。
「ああ、今晩も泊まりますか?」と、即座にエプロンの女性。
「いえ、今晩は泊まらないと思います」
「それだったら、ゴミさえ持ち帰ってもらえれば、そのまま出て行かれても問題ないと思いますよ」
「問題ない……。そ、そうですか。分かりました。有難うございます」
いやあ、ハードな設定の割に、料金に関してはおおらかだねえ、ここのキャンプ場は……。
「あ、もう一つ伺いますが、飲み水などは何処で貰ったらいいんでしょうか?」と、僕は先ほど水場で見た張り紙のことをもう少し聞きたくて、質問を重ねた。
「あっちの炊事場で汲めますけど、飲むなら煮沸したほうが良いと思います。普通に飲んで大丈夫な方もいるんですけどね」
「……そうでしたか。どうも有り難うございました」
応対してくれた女性は親切だったが、斯くも観光に色目を使わないキャンプ場の潔さに頭が下がる思いである。
でもまあキャンプ場たるもの、そうであってちっとも構わないと思うのだけど。

おっと、こうしては居られない。ただでさえ起きるのが遅れたのだから、そろそろ本来の目的を……。

登山もハード・東雲湖へ

実の色があまりにも印象的だったので撮影した、初めて見る植物。
実の色があまりにも印象的だったので撮影した、初めて見る植物。自然界にこんな青い色があるのかと驚いた。

僕はテントを残し、スケッチに必要なものだけを単車に積み込み、地図を確認後、東雲湖を目指すべく出発した。
観光地然とした湖畔の道路沿いの土産物屋で500mlのペットボトルのお茶だけを買い込み、登山口へ。
登山口周辺に、駐輪場つきの駐車場などは無かったので、車の通行の邪魔にならなそうな場所に単車を止めて、いざ登山である。
何度も書いているように、深夜型の仕事をしている僕は、典型的な運動不足であり、山を登るのも3年前(2000年)に山梨県の西沢渓谷でスケッチをするために山道を登った以来……。
タフさには自信のあった僕だが、登山をした後にスケッチなど出来るだろうか……いや、絵描きたるもの、気力さえ維持できればスケッチするのに体力は無関係……などと、体力よりも不安と戦いながら、黙々と山道を登り続けた。
さすがに西沢渓谷などと比べると、訪れる人が少ないためか、本当にこの道でいいのか?と思えるようなところも多く、さらに不安を煽る。
事前に得た情報では、小一時間はこの山道が続くらしいが、30分経たないうちに膝がおぼつかなくなってくる。……いやあ、情けないですなあ。
……と、必死に登山を続けているうちに、うっそうとした山道の視界が開け始めた。携帯電話の時計を確認すると、登り初めてから1時間とちょっと。どうにか、本当に小一時間で登山を終えられたようだ……と思った僕は、目に飛び込んできた光景に呆然とした。

自然に出来たとは思えない東雲湖の光景。
自然に出来たとは思えない東雲湖の光景。ここから描くしかないの?(汗)
とりあえず記念写真……というか、証明写真。
とりあえず記念写真……というか、証明写真。

「何じゃこりゃ?」
左手に開けた視界の先にあったのは、黄緑色の芝の斜面の所々にポツポツと深緑色の針葉樹が生えている……まるでゴルフ場か公園かと思うような光景だったのだ。
これは、自然に出来たものなのだろうか? それとも、然別湖のハードさはまやかしで、山頂にたどり着いた人をビックリさせるために、地元の観光協会が整備したものなのではないか……と思うほど、自然のものとは思えない光景であった。
「なんか、思っていたのと違うなあ……」僕は、そう思わずにいられない気持ちであった。普通に自然を満喫したい人には、まさしく絶景なのかも知れないが、湖畔を描きに来た僕にとっては、何か納得がいかない。
事前の下調べで、東雲湖がどんなところだかをネットで画像を探したことがあったのだが、こんな光景は記憶になかった。湖畔の画像は見つけたが、もう少し普通の……自然な光景だったような記憶があったのだ。
何はともあれ、スケッチするつもりで苦労して山を登ってきたのだし、ここが東雲湖であることに間違いはないのだから、とりあえずスケッチ心の疼く光景を探索しよう。

とりあえず、ずっとこだわり続けてきた水辺ギリギリの光景を見てみようと思った僕は、湖へと続く斜面に深く生い茂った薮の中に、人が通れそうな道があるのを見つけ、そちらへと向かった。
薮は本当に深く、道は細く、登ってくる人がいようものなら、すれ違うのも困難なほどであり、また斜面も急だったため、藪の根本で滑って何年ぶりかの尻餅をついたほどであった。
苦労しながら下っていくと視界が開け、東雲湖の湖面が見えたが、それは、東雲湖についてネットで調べているときに見た写真の通りの光景であった。
右の写真を見ていただければ分かるとおり、白樺だか何かの木が、湖面に向かって倒れており、その先にさっき見たゴルフ場のような光景が見えていてるのである。なぜこうも写真で見たのと同じような光景を僕も見ることになったかというと、湖岸に人が立っていられるスペースがもの凄く狭いのだ。これでは、誰がここへ来ても、同じような写真しか撮れないだろうなあ、と思えた。

狭い水辺からの光景。
狭い水辺からの光景。こっちで描きたかったなあ。

ぐるりと湖岸を目で追っても、他の水際へ向かえそうな雰囲気はなく、もしそれが可能なら、ここから見ている僕に人影が見えていることだろう。
かといって、僕がそうしたように他の観光客は、ここに登って来ようものなら、まず間違いなくここへ来て、湖面を眺めようとするだろう。そうなると、ここをスケッチする場所に選ぶのは、迷惑な話であろう。
「仕方ない。水辺ギリギリはあきらめるか」
そう決めた僕は、別な場所を探すべく、渋々急な斜面を登り、渋々引き返すことにした。

先ほどの視界が開けてきたところまで戻り、改めて見回すと、登山道は杭にロープを張って立入禁止になっている斜面を右手に、もっと奥まで続いているようで、さらに山の上の方へ続いている気配だ。左手には不自然な感じのする山の斜面と、先ほど下った斜面と湖との間にある木立のてっぺんから、東雲湖の湖面が見えている。

もし山道の先に、先ほど降り立った水辺とは別な岸に降りることが出来る道があったとしたら、そっちへ行ってみるべきなのかも知れないが、山登りで著しく消耗した体力がそれを拒むし、6号(42.3×31.8cm)を描こうと思って来たことを考えると、あまり時間がない。時間だけ使って好ましい場所が見付からなかったら、それこそ取り返しがつかない。
水辺ギリギリでもなく、見たとおりを描くと、小学生の水彩画みたいになってしまいかねない光景だが、これぞ東雲湖の風景というところで有ることは間違いのないところだ。
「ここで描くかあ」と、僕は今ひとつ釈然としない気持ちのまま、場所を決めた。
立入禁止のロープが張ってある前に佇んで、改めて湖面が見える方を見てみると(ほぼ記念写真の右写真と見え方は同じ)、少しでも湖面を広く入れて描くくらいのことをしないと、「水辺のスケッチ」という感じがしない。
立入禁止のルールには従いたいが、ルールを守った位置からでは、どうもポイントの絞れない、描き応えのない絵になってしまいそうだ。やはり、もう少し水面を入れなくては自分の絵にならない気がする。
「ちょっとだけルールを破らせて貰おう……」僕は、ロープを踏み越え、斜面を形作っている岩を一つだけ上って腰掛けてみた。

そこそこの大きさのある岩で、上も平らになっているので、画材を広げやすい。数十センチ視界が高くなるだけで、いくらか水面がよく見える。視力の良い僕の目を持ってしても、水面の細やかな表情は伺えないが、これくらい水面を入れて描ければ、どうにかモノになりそうだ。出来ればもう少し上へ行ってみたいが、さすがにそれは気が引ける。
しかし……この立ち入り禁止区域は、何を保護しようとしているのだろうか。一見するとただの岩がゴロゴロした斜面しか見えないが……。
「ん?」と、僕は呟いた。
何か茶色い……子猫よりも小さいくらいの動物の姿が目に入ったのだ。子猫よりも……と書いたが、その姿はネズミのようであり、岩の間を走っては止まり、走っては止まりしている。
「ひょっとしてアレは……」
北海道にちょっと詳しい方なら、東雲湖に住む動物と聞いただけでピンと来た方もいらっしゃっただろう。僕が見たネズミモドキとでも名付けたくなる動物は、ナキウサギというやつである。
これもまた、ネットによる事前の調査でもって記憶にあったからどうにか思い出せたのだが、天然記念物に指定されており、日本では北海道の高原地帯にしか生息していないという、結構レアな動物らしい。後日調べたところでも「どこそこで『運が良ければ』見られる」という記述を、何度か見た。自分のや仲間のウンチを食べることもあるという、徹底したリサイクル意識からしてレアだ。まあ、北海道の高原という、動物が生息するには厳しい条件から生じたことなのだろうが、食習慣の印象に反して、名の通りピーピーと可愛い声を出して鳴くようだ。そういえば、さっきから鳥の鳴き声かと思って聞いていたのは、彼らの泣き声だったのかも知れない。

(あ、そうだ!)
東京へ戻ったらネットに旅行記を載せようとしている男が、レアな動物を目撃してカメラに収めない訳にはいかない。先方が、こっちの存在に気づいているのかどうか分からないが、僕はゆっくりとしゃがみ込み、Dバックの中からデジカメを取り出し、電源をオンに。僕のデジカメは、350万画素のヤツが出始めた頃に購入したヤツだから、立ち上がるのに時間がかかる。
ああ、このままでは昨年のキタキツネと同じ結果になってしまうぞ……と焦ったが、ニュィーンと音がして、レンズがせり出してきて……とかやっているうちに、彼らは姿を消してしまった。

(ちっ、付き合いの悪い奴らだなあ)と僕は思ったものの、レアな動物の写真を撮影するために時間を浪費して、スケッチが仕上がらなくなってしまうようでは本末転倒というものだ。彼らの姿を見たい方は、ネットで探せばすぐに見付かるので、探してみて下さい。

「……まあ、写真はあきらめるから、ちょっとだけ邪魔させておくれ」と彼らに断り、僕はスケッチの準備に取りかかった。
本当に急がないと、6号のスケッチは終えられない。6号とはそういう大きさなのだ。
また誰かさんに「焦って描いたように見えるべ」とか言われないようにしなくては……と思い、テキパキと準備を進める僕であった。

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