便利に毒されし者の北海道おっちょこちょいスケッチ旅行・2002年

日高・沙流川キャンプ場の探索

8月15日・夜:果てしない探索

剣淵から日高町までのルート。150kmくらい。
剣淵から日高町までのルート。150kmくらい。

疾走を続けていた僕は、補助標識に日高まであと10kmと書かれているのを発見した。少なくとも日高という地名の所までは20分ちょっとくらいで着くだろう。そこから先、どこへ向かったらよいのか分からないけど……。

やがて、山を下りきり、国道237号線と274号線と交差する地点にたどり着いた。もう充分日高町だ。
交差点の脇に、「←日高町営沙流川キャンプ場」と看板が出ているのに気付いた。
「ひょっとするとユミカさんは、洞爺湖へ向かうに無理のないルートを通れば、真っ先に目に付くキャンプ場だから詳しく場所を説明しなかったのかも知れない……」単車を看板の前に停めて、僕はそう思った。
見回すと、角にガソリンスタンドがあり、セイコーマートもある。このどちらかで情報収集をすれば、何か情報が得られるかも知れない。
僕はまず、電池残量の少ない携帯電話による通話やメールを最後の手段だと思い、セイコーマートに公衆電話があるのを確認して、テレフォンカードを購入した。
最後に連絡を取ってから30分以上は経過している。前夜のユミカさんの入浴のことを考えると、もう電話に出られる態勢であってもおかしくないはずだ。
さっそく僕は、携帯電話のアドレス帳を見ながらダイヤルした。が、呼び出し音を十数回数えても、ユミカさんは電話に出なかった。まだ入浴中なのだろうか。昨晩のキャンプ場と違い、浴場がテントサイトから遠いのかも知れないし、一人だからゆっくり入浴しているのかも知れない。
「まずは電話」と思っていたため、セイコーマートの店員さんにキャンプ場のことを聞きそびれた僕は、情報を得るべく、セイコーマートの向かいにあるガソリンスタンドへ単車を乗り入れた。

大してガソリンは減っていなかった(……と思う)だが、とりあえずの給油をした上で、店員さんに僕は尋ねた。
「あの……この辺のキャンプ場というと、あそこに看板が出ているところ以外にどこかありますか?」なるべく的確で簡潔に、無駄のないように文面を練った上で質問をした。
「そうですねえ、この辺ということならあそこでしょうね。大きなキャンプ場ですから」
「そうですか、分かりました。有り難うございます」僕はお礼を言い、看板の矢印の方向へと単車を出した。
国道に出てから、看板に従って5分か10分も走ると、キャンプ場らしき光景が目に入ってきた。
場内に乗り入れては見たものの、もうすっかり夜になっており、管理棟や場内の照明や、キャンパーたちの灯すランタンなどが何とか視界を確保してくれている。
「大きなキャンプ場」と聞いていたとおり、どこまでがキャンプ場なのか分からないほどであったし、今まで訪れたどのキャンプ場よりも賑わっていた。

日高・沙流川キャンプ場内

「ううむ……この状況でユミカさんを捜さなくてはならないのか……」と思うと気が滅入ったが、ユミカさんを見つけないことには僕は朝を迎えられない。夕食の真っ最中のキャンパーも居るのを気にしつつ、極力エンジンをふかさないように、ゆっくりと場内の通路を走り、闇夜に光り輝くほど目をギラつかせて、ユミカさんのテントや単車を探した。
だが、それらしきものは見つからなかった。それ以上に、場内に単車の数が少ないのが気になる。こうも広大なキャンプ場なのに、通路沿いに停まっているのを数台見かけただけなのだ。ライダーが停まるサイトは別にあるのだろうか?
通路らしい通路を2巡ほど探してみた僕は、単車2、3台でバンガローを借りていると思しきライダーさんたちの所へ行き、思い切って声をかけた。
「済みません。この辺りで……(間)……ええっと……白のハーレーに乗った……小柄な女性を……赤いヘルメットを被った……革ジャンの……見ませんでしたか?」と、僕は聞いたが、まるで日本語になっていなかった。キャンプ場を探すに当たっては、冷静だったのに、ユミカさん自身を探そうとすると、上手く言葉が出てこなかったのだ。
突然声をかけられて、キョトンとして見せた御一行のうちのお一方が、
「ああ……夕方頃にAコープの駐輪場で見ましたよ。○○××(ハーレーの形式だか愛称だか)の人でしょ?」
「う……あまりハーレーには詳しくないんですけど、とにかくそういう人をご覧になったんですね。有り難うございます。もうちょっと探してみます」
(ヤレヤレ、僕はこんなに必死で探している人の乗っている単車の名前も知らないのかよ)と思いながら、お礼を言ってその場を去った。

「これは……とりあえず管理棟へ行った方がいいな」と、やっと僕は思った。ひょっとしたらライダー用のサイトが別にあるのかも知れないし、利用料も払っていないのに、これ以上場内を単車でウロウロするのも気が引けた。もう21時近い時間なのに、他のキャンプ場を探す気にもなれない。恐らくユミカさんはこのキャンプ場のどこかに居るだろうから、手続きを済ませてしまうのが正解だろう。
管理棟に着いた僕は、
「済みません。単車なんですけど、今からでも大丈夫ですか?」と、40代半ばくらいの管理員さんに、まず尋ねた。
「大丈夫ですよ。ここの入口の、道路の向こう側がバイク用のサイトになってますから、あっちで場所を見つけて下さい」と、管理員さん。
やはりそうか、と思い、僕は更に質問した。
「あの……場内の近くに温泉とか共同浴場とかはあるんですか?」
「あります。バイクのサイトの奥の方にあります」とのこと。ユミカさんはきっとそこへ行ったに違いない。さらに僕は続けた。
「あの……非常識なお願いとは思いますが、宿帳というか……宿泊者の名簿みたいなものがあったら拝見できないでしょうか?」
「ああ……いいですよ。ただし、探している人の名前があっても、このキャンプ場のどこかにいるということしか分かりませんけど……」
「構いません! 有り難うございます!」こういうことが許されていいのかしら……と思いつつ、僕は名簿に目を通した。

発見・更なる探索

「あ、あった!! 居ました!!」ずっと探していた人の名前を見つけた僕は、思わず叫んだ。
「そうでしたか。とりあえず、朝の11時までのご利用で、諸注意はそこの看板を……」と、興奮状態の僕と対照的に、管理員さんは至って事務的に説明をした。
利用料を支払うと、僕は道路を渡って、散々探し回ったのとは逆のサイトへと向かった。
丁度良い頃かと思い、僕は携帯電話を取り出してユミカさんに電話をかけてみた。ここまで来れば、何通もメールを打ったりしなくてもいい。「最後の手段」を使うべき時だ。
……が、相変わらずユミカさんは電話に出ない。まあ、慌てなくてもここのどこかにいるのは間違いないのだから、探していれば必ず出会えるだろう。とにかく、ユミカさんを捜そう。
さっきのサイトもそうだったが、広いサイトの中に舗装された通路はかなり大雑把に通っている。従って、通路からでは暗くて見えない所もあるし、木の陰になっている所もいくらかある。
しかも、単車が集まっている場内は、オートキャンプ用のサイトと比べてキャンパーの使っている照明が微弱なため(ライダーは簡単には大がかりな照明を積めないから)、ユミカさんのテントや単車は見つからない。 僕は、アメリカンの単車を見つけると、通路などお構いなしに単車を乗り入れ、ユミカさんのテントと単車ではないかと確認した。ここのサイトは、駐輪場のようなものが無く、テントのすぐ近くに単車を置けるようになっているため、見覚えのある単車とテントが見つかれば、そこにユミカさんが居を据えたと判断して間違いない。

通路を外れて乗り入れると、そこは草地か土の地面で、連日続いた雨のせいか、ぬかるんでいる所が多く、何度か足を取られそうになり、ヒヤヒヤした。この大荷物で足場が悪ければ、少々腕力に覚えのある僕でも、単車を起こすのは至難の業だ。
もう、どこか適当なところに荷物を降ろして、電話でもしようか……と思ったが、「あ、風呂だ、風呂!」と思い直し、道路から見て更に奥の方へ向かって通路を走った。
2、3分も走らないうちに、大きな建物が見えてきた。前夜の剣淵のキャンプ場同様、キャンプ場のすぐ傍に宿泊施設があり、そこに共同浴場があるのだろう。
「あ! あれは?」僕は宿泊施設を確認した直後に、宿泊施設からキャンプサイトの方へ歩いてくる、ユミカさんらしき姿を発見した。探し求めていたシルエットを発見した僕は、それがユミカさんであることを確信しつつも、「ありゃ?」と思った。ガッチリした体格の男性と一緒に歩いているのだ。
どういうことなのかを把握しきれないうちに、ユミカさんの方が僕に気付いて手を振った。

誰だこのヤロー・そして食事

「ああ、あんだ、やっと着いたんだべか!」
「ええ。携帯電話の電池が切れかかっていて、どうなることかと思いましたけどね。ところで、単車はどこに停めたんですか?(誰なんだあ、この男はあ?)
「アハハ、そうだったべか。わだしのテントはあっちだよ」と、僕が通ってきた方を、ユミカさんは指さした。
僕は単車をUターンさせて、2人の歩調に合わせ、ゆっくりと単車を走らせながら、
「そう言えば……晩ご飯はもう済まされたんですか?(アハハじゃないだろお。俺が焦りまくってひいこら走っている間に、この男と一緒に風呂かよ、全く……)
「ううん、まだだよ。あんだがなかなか来ねがら、先に風呂さ行っでだよ。あ、この人、さっき知り合った……ハーレーさ乗っている人だよ」
「あはは……そうでしたか。待たせてしまって本当に済みませんでした(晩ご飯を待っていてくれたのはいいとして、俺が遅いからって、同じメーカーの単車に乗っている男とさっそく仲良くなるのかよお)」と、( )内はともかくとして、ユミカさんに一応お詫びをし、
「初めまして。どうか宜しく。昨日からユミカさんにお供させて貰ってます(てめえ、俺がどんな気持ちでユミカさんに声をかけたか分かってんのかあ? ユミカさんと一緒に行った風呂なら、さぞかしいい風呂だっただろお、このヤロー)」と、( )内はともかく、ユミカさんと一緒にいた男性に向き直って、にこやかに挨拶をした。
「初めまして。宜しく」と、男性は、突然現れた僕に少々戸惑いながらも、これまで北海道で知り合ったライダーさん同様に、にこやかに屈託なく挨拶をしてくれる。

お笑いの東野幸治に似ている……というのが僕の第一印象だった。僕と同じくらいか、或いはもう少しだけ上の歳かと思えた。芸人さんに似ている事を除けば、実直そうな好漢……そして、正当派ライダーさん……そんな感じだ。「行く先々で知り合うのは年下ばかりだった」と言っていたユミカさんからすれば、さぞかし頼もしく見えただろう。風呂へ一緒に行こうというユミカさんの気持ちもよく分かるし、それが何とも妬ましく思えるほど、好感の持てる雰囲気の男性であった。
さて、次はどんな挨拶を……と思っているうちに、「こっちこっち」と、ユミカさんは通路からサイト内へと入っていく。通路から20mくらい入ったところにテントを張っていたようだ。東野さんのテントは更に数m奥に張られているらしい。宿泊施設へ向かうときに通ってきた通路から20mほどの所ではあったが、やはり日没後に探し物など無理があったようだ。
ユミカさんとの再会を果たし、複雑な感情を湧かせつつも落ち着きを取り戻した僕は、もの凄くお腹が減っていることに気がついた。スケッチを終え、昼食も摂らずにハードなライディングをしてきたのだから、無理もない。
僕は、ユミカさんと東野さんの張ったテントの間で、しかも極力ユミカさんのテントに近い場所に単車を停めようとしたが、草地のサイトにスタンドは立たない。何かスタンドと地面の間に挟める平たくて硬いものを……と、辺りを見回していると、
「これ、夕方飲んだビールの缶なんですけど、使いませんか? スタンドがめり込むでしょ?」と、東野さん。ご丁寧に平たく潰して持ってきてくれた。
「あ、有り難うございます。使わせて貰います(けっ、どうせユミカさんと一緒に飲んだ缶なんだろお、このヤロー)」と、( )内はともかく、懇ろにお礼を言い、無事単車を停めた。

荷物を降ろしつつ、テントを張り始めると、東野さんは電池式の蛍光灯のランタンを持ってきて、僕がテントを張ろうとしている傍にある木の枝に下げて、明かりをとってくれた。
正直なところ、彼に対して、面白くない気持ちをもっていた僕は、この道中に何度もあった自分の不手際で人の世話になりたくないという気持ちも含めて、
「どうかお構いなく。ゆっくりなさっていて下さい。荷物を降ろせばガスランタンもありますから」と言ったが、
「じゃあ……とりあえず、荷物を降ろすまでは使って下さい」と、爽やかな笑顔で僕に言った。その一言に、彼に対して持っていた、本当に自分勝手な嫉妬心みたいなものを恥ずかしく思った。
「あ……有り難うございます」僕はそう言い、そそくさと荷物を降ろし作業を続けた。ここに辿り着くまでのことを思うと、( )内に書いたのは、僕の素直な気持ちではあるが、何の根拠もない独善であり、そんな気持ちになる大人気なさを僕は恥じざるを得なかった。

東野さん(仮名)と少しモヤモヤする食事

テントを張り終え、ガスランタンの用意も調えた僕は、東野さんとのやりとりや、僕の作業の様子を見守っていたユミカさんに、まずは尋ねた。
「ご飯はまだ……ということでしたが、どうします?」
「ああ、買い物はしておいたよ。昨日と同じようなのだけどね」

「そうでしたか。有り難うございます。今日は何の肉ですか?」
「Aコープに売ってた牛肉と、野菜……だべ。肉は150g買っておいた。ロースだよ♪」バンガローの方々は、その時のユミカさんを見たのだろう。
「え!? 150……gですか? 昨日僕らは600g食べたのに?」
「え~、そんなに食ったべかね。とにかく、お腹減ったがら食べよ」
ひょっとしたらユミカさんは、僕はどこかで食べてくるかと思い、一人分だけ調達したのかも知れない。昨晩の四分の一だが、それはユミカさんも同じ事。物足りなさや空腹感も分かち合おう。
「そ……そうですね。僕も凄くお腹が減っちゃいましたよ。……ところで、そちらの方は?」
「僕なら、さっきコンビニの弁当で済ませました。こっちへ来てからずっとそんな感じだったし」と、苦笑してみせる。
「そうでしたか。もう、何日目なのですか?」と、ストーブなどの準備をしながら僕が聞くと、
「仕事の都合で12日からです。3日めですね」と、答えた。
「この人、飛行機でやってきて、レンタルのハーレー借りてツー(リング)しているリッチな人なんだべさ」とユミカさんが補足した。
「へえ、レンタルでハーレーなんてあるんですか……」と、さらに準備を進めながら相づちを打った。そういうスタイルのツーリングのために、去年から予約を取り、準備を進めていたのだそうだ。

程なく準備が整い、昨晩もそうだったように、主に肉や野菜をユミカさんが焼いてくれる。たしか、焼き肉のタレで味付けをした気がする。
「こんなの、まるでキャンプみてえだ」と、昨晩同様、ユミカさんはボケてみせ、頃合いを見て肉を裏返したりなどしていた僕は「こ・こ・は、キャンプ場ですってば」と、ツッコんだ。そのやり取りを見て、東野さんも笑っていた。
やがて僕らが食事を摂ることが分かった東野さんは、「僕は明日の準備がありますので、ちょっとテントへ戻りますね」といい、ひとたびこの場を離れて行った。

焼き上がると、僕もユミカさんも、控えめな分量の牛肉をせっせと食べた。
これまた昨晩同様、「んまいっ!」と、嬉しそうに食べていた。食べているユミカさんは、本当に幸せそうだ。
「本当ですね。こうして食べると、美味しいですねえ」と、僕もそれは全面的に同感だった。そして、ユミカさんとの食事がようやく叶ったホッとした気持ちと、幸福感がようやく実感できた。色々あったが、とりあえずこうして一緒に食事が出来たのだ。
が……肉はあっという間に無くなり、野菜が少々残っているだけになった。やがて、野菜も全て片づけたが、昼を抜いた僕には、満足感よりも物足りなさの方が強く感じられた。
「ねえ、ユミカさん。正直なところ、物足りなくありませんか?」僕は聞いたが、
「ちょっとそうだけど、わだしは平気」とのお答え。
ひょっとすると、僕があまりに遅いので、軽く食事を済ませていたのかも知れない……と、僕は思ったが、口には出さなかった。僕は勝手に昼を抜いたのだし、ユミカさんは僕が「一緒に晩ご飯を」と言ったから食材を用意してくれていたのだ。僕がとやかく言えることではない。まだバーボンなどもあるし、飲んで空腹など忘れよう……、そう思うことにした。
そうこうしているうちに、
「富良野で買ってきたワインがあるんですけど、一杯やりませんか」
と、東野さんが戻ってきた。

3人でライダー宴会

一緒に楽しく語らったユミカさんと東野さん(仮名)。
一緒に楽しく語らったユミカさんと東野さん(仮名)。
一緒に楽しく語らったユミカさんと東野さん(仮名)。例によって許可が取れていないので、画像に加工を……。東野さんは、連絡の取りようがないなあ……(他意はありません)。
「みんなで飲むべ~」と、嬉しそうにユミカさんは言い、
「おお、それは嬉しいです。頂きます」と僕は( )抜きで、そう言い、「バーボンもありますよ。割るものが何もありませんけど」と続けたが、
「いえ、明日早くに出発する予定なので、ワインだけにしておきますよ」と、東野さん。
「いやあ、思った通り、正当派ですねえ」と、僕は言ってみせたが、何とも人気のないJim Beamに溜息をついた。
「そうですかあ? みんなそうしていると思っていましたけど……」
「僕らは不真面目でノンベェなライダーですから、朝はゆっくりなんですよ」
「そうだ。昨日も遅くまで飲んだよね」とユミカさんも相づちを打つ。
「アハハ。まあ、いろんなスタイルの人がいて、良いんじゃないですか。僕も普段は、酒はよく飲むし」
……などと、ワインを頂きながら、会話が弾み始めた。

そんな感じで、こじんまりとしたライダー宴会が続いた。
東野さんは、某大手ガス器具の会社に勤めていて、大型の免許も最近取り、その勢いでレンタルのハーレーの予約をした……ようなことを言っていたと思う。お歳を伺うと、僕よりも二つ上、つまり37歳だということであった。
「あ、わだしと同じ学年だあ」それを聞いてユミカさんはそう言った。
「え"……ということは、ユミカさんは実は学年は2つ上だったのですか?」僕は驚いた。1つ年上と言うだけでもあれだけ驚いたというのに……。
「そうだよお。でも、歳はまだ36だもんね」
まあ、それはそうだが……。
ユミカさんは相変わらずで、東野さん相手にも、言いたいことをズケズケ言う。それが僕だけではないのに少々安心しつつも、色々と気を遣ってくれている東野さんが怒りだしはしないかとハラハラした。
「ねえ、この人って、本当にハッキリとものを言う人でしょ? 昨日からずっとそうなんですよ」と、フォローも兼ねてそう言うと、
「大丈夫ですよ。さっきから僕も言われっぱなしでしたからね」と、苦笑された。

またまたまたまたスケッチを披露

そんな風に、東野さんも寛容な方だったし、ユミカさんには言いたい放題に言われても、本気で怒る気にはなれない何かを持っていた。得なキャラクターであり、ちょっと羨ましくもある。
東野さんもすっかりうち解けてきて、バカ丁寧な口調で喋る僕はさておき、ユミカさんにはタメ口で喋るようになっていった。
そんな頃合いだっただろうか。
「あ、そうだ。ちょっと暗いですが、折角ですから今日描いたヤツをご覧に入れましょう」と、僕はテントへ引き返し、スケッチブックを引っぱり出した。
今回は、一度作品を見せているユミカさんも居るので、前回までの「水戸黄門」な気持ちは少なく、幾分抵抗なく披露しようと言う気持ちになっていたのだ。
「そうそう、この人、絵描きさんなんだよお」と、ユミカさん。
パイプ椅子に立てて置いたランタンを手にとって、スケッチブックにかざしながら、お二人に桜岡湖のスケッチを披露した。すると、僕の絵を初めて見る東野さんは、

「おお、本格的ですね。ねえ、凄いよね」と、賛辞を述べたのち、ユミカさんに同意を求めた……が、ユミカさんは、
「……でも、ちょっと急いで描いたんでない?」と、ズバリ一言。
うっ、鋭い。気持ちよく描いたのは確かで、描くべき所は充分なつもりだが、前とその前の2枚に比べれば、幾分急ぎ目に描いたのは事実(特に仕上げの頃)ではある。
「まあ……あまり時間がありませんでしたからね。でも、納得いく出来なんですがねえ」
と、僕は苦しい弁明をした。
「いやいや、僕は凄いと思うけどなあ」と、東野さんは助け船を出してくれる。
「それはそうだけど、昨日見だヤツの方がもっと良く描けてた気がするべ」と、ユミカさんは容赦がない。
「まあ、無計画なスケッチ旅行でしたから、しょうがないですよ。言い訳するつもりは無いですけど、僕は気に入ってるんですけどね」と、僕は付け足した。でもそれも取り繕うつもりで言っているのではない。
「……とまあ、とりあえず今日の分のご紹介ということで……お粗末様でした」と、僕は言い、スケッチブックをしまい込んだ。東野さんも「前のも見せて下さい」とは言わなかったし、僕自身、闇夜にランタンの明かりを頼りに作品を紹介するのに抵抗があったからでもある。

その後、東北圏へもお仕事に赴くという東野さんとユミカさんの間で、仙台の町の話に花が咲いていた。
繁華街へしょっちゅう飲みに行っているユミカさんは、牛タン屋の老舗から、女性は通りかかるのを憚られるような所のことまで、幅広く良く知っていて、「ああ、そこなら行ったことあるよ」と、東野さんも相づちをうったりしていた。
「『○□○□』っていう面白れえ店もあるんだべ」と、なかなか笑える風俗店の店の名前をユミカさんが紹介し、「俺が行ったときは、『△○△○』っていうのを見たよ」と、東野さんも負けずに仙台の繁華街事情を話していた。
TVなどで聞き知っている範囲では、関東、関西が風俗店は活況で、北で言うならススキノ……位しか知らなかった僕だが、ひねりの利いたネーミングに、東北地方も頑張っているんだなあと、感心した。

そんな話をしていると、瞬く間にワインの瓶は空いた。
東野さんは、こんなにも早くなくなるとは……と、計算外だったこともあってか、僕が飲み始めたJim Beamを少しだけ貰って付き合ってくれたが、やがて「では、明日のためにそろそろ寝ますよ」と言い、テントへ戻っていった。
すっかりノンベェモードに入っているユミカさんと僕は、
「お休みなさ~い」「ご馳走様でした~。安全で良い旅を~」と、見送りもそこそこに手を振った。さぞかし僕らのノンベェぶりに呆れられたことだろう。

本当は最後の夜

その後も僕らは、昨夜の続きのような形で、立ち入った話を繰り広げた。
昨夜同様、小雨が降ってきたが、ユミカさんはビールで、僕はJim Beamを供にして、構わず語り続けた。
さすがにどんな話をしたのか、覚えていないところも多いが、聞けば聞くほど「大した人だなあ」と思ったのは良く覚えている。
30代半ばともなれば、2つの歳の差など数えるに値しないのかも知れないが、ユミカさんのことを、凄く大人に思えたりもし、そうでもないような気がしたりもした。いずれにせよ、僕には真似の出来ない生き方だと思えた。
話も弾み、話題も絶えない。まだ出逢って2回目の夜だというのに、もう何日もこうしてユミカさんと過ごしているような気がしたが……ふと気付くと2時を過ぎようかという時間になっていた。半分くらい残っていた不人気のJim Beamも、気がつけば空になっている(ほとんど自分で飲んだけど)。
「お酒もなくなったことだし、そろそろ休みましょうか」と僕がいうと、
「うん。わだしももう眠い」と、ユミカさんも目を擦った。
こうして、楽しいユミカさんとの夜は幕を閉じた。僕は、お酒のせいもあって、それがユミカさんとの最後の夜になることを、ほとんど意識していなかった。
何日もこんな事があったような気がしていたのと同じように、明日も明後日もずっとこんな事が続く……と思っていたのかも知れない。
挨拶を交わし合うと、昨夜同様に、僕らは各々のテントへ戻った

テントへ戻ると、携帯電話の充電をしていないのに気がついた。僕もかなり眠かったのだが、どこか充電できる場所を探さなくては……と思い、携帯電話を手にし、夜のキャンプ場をウロウロした。
トイレや炊事場などを探したが、電源は見つからなかった。
「宿泊施設へ行けば、料金を取られようとも充電が出来るかも知れない」と、そのうち僕は考えついた。
2、3分歩いて宿泊施設の入口へ着いたが、ひっそりしている。自動ドアも反応しないし、フロントのカウンターに人影もない。
困ったなあ……と思いつつも、入口周辺を探してみると、野外用のコンセントを発見した。何ということか、延長コードが2本ほど差し込んであり、三口タップなどが取り付けられている。きっとこれは、キャンプの客が充電を出来るようにしてあるのだろう。そうに違いない。絶対そうだ。
「ああ、北海道のキャンプ場は本当に親切だなあ」と、勝手に決めつけた僕は、充電を始めた(親切やサービスでなかったらご一報下さい。>キャンプ場の方)。
もう2時半近くになっており、充電が終わるのは3時を過ぎそうだ。
充電を早く終えるために、電源を切っておこうかと思ったが、何もしないでいるとこの場所で寝入ってしまいそうだし、放置してテントへ戻るのも不用心だし、テントへ戻ったら間違いなく寝てしまうだろう。そう思った僕は、眠いのをこらえて、無事を知らせたい人たちへ、2日ぶりとなるメールを打ち続けた。
最後のメールを……と思っている頃に、充電は終わり、間もなく送信を済ませた。お酒のせいで時間の感覚が麻痺していたこともあってか、充電の所要時間は意外に短く感じられた。

テントへ戻り、寝袋へ潜り込むと、沢山の出来事があった一日を振り返る間もなく、僕は深い眠りへと落ちていった。
最後に時計を見たのは、3時半頃だったと思う。

ほんっとうに自分のテントで一人で寝たってば!!

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