三大秘湖を目指せ! 無意味にちょっとサイバーなスケッチ旅行/2003年

またも雨の初日・ユースへ

トホホな雨天の初日

函館に着くと、雨が降っていた。先が思いやられる天気である。
昨年同様、一緒にお話していたお二人から起こされて仮眠から覚めた。
下船時まで前述のお二人とご一緒したが、お二人は札幌へ向かわれるようだし、僕は海岸沿いをぐるっと回るため、ルートも違うので、ここでさようならということにした。

小雨の降る中、溜息をつきつつも僕は、まず函館にあるホーマックへ向かった。今年は、昨年に比べて事前の物資調達が充分でなかったのである。
昨年に続く今年にして、何故そんなにも準備が不十分だったのかというと、消耗品など、上陸後でも容易に入手できて、かさばるものなどは事前の購入を控えた方が良い……という考えによるものだ。二度目なのだし、少しは賢く買い物もしたい。

フェリーの乗り場から離れ、札幌の市街を走ってみる。昨年の行きと帰り、そして今と、函館の港へは三度来たことになるが、市街地へ着たのは初めてのことだった。

小雨の降り続く函館の街を走りながら、街の規模や雰囲気、そして、路面電車が走っているところなどからして、地元(鹿児島)の市街地と雰囲気が似ているなあ……と僕は思った。日本のうんと北とうんと南の都市にして、この似通った雰囲気。なかなか感慨深い。
ライダーズマップルのおかげで、少々迷う程度でホーマックを見つけ、消耗品と、使い捨てでない箸などを購入した。

それにしても、このライダーズマップルがあると無いとではエラい違いだ。ライダーの大半が携行しているベストセラーであることを、早くも思い知った。
昨年の旅行記では、何の前触れも無く唐突にこの旅行記に現れたホーマックだが、これは北海道で恐らく最大規模で最大店舗数を誇るホームセンターのことであり、キャンプに必要なもののほとんどがここで揃うと言って良い、キャンパーには有り難い場所であり、道内に点在しているのである。
そのホーマックで買い物を済ませた僕は、国道へ戻り、ひたすら北上することにし、単車を走らせた。
……あ”! ランタンやストーブで使うガスボンベを買い忘れた!!(←ちっとも賢く買い物してない)

今年の旅行プラン

五つの三大秘湖の分布。
オコタンペ湖以外は、比較的近いところにある。

さて、ここで今回のスケッチ旅行の目的やルートについて説明しておこう。
冒頭にも書いたように、今回は北海道の三大秘湖を巡ってスケッチを敢行しようというのが主たる目的である。
北海道の三大秘湖と呼ばれる湖は、昨年訪れたオコタンペ湖、そして東雲(しののめ)湖オンネトーチミケップ湖、そして豊似(とよに)湖が、それにあたる。
え? 三大秘湖なのに五つあるじゃないか……って? 仰るとおり。
僕も北海道に関連するHPを見ていて、三大秘湖と呼ばれる湖が三つ以上あるのが不思議で調べてみたのだが、人によって挙げる三つがまちまちらしく、あるHPでは「その五つの湖の中から選ばれる」という表記もあった。このHPの記述の信憑性は定かでないが、ともあれ三大秘湖とよばれる湖が五つあるのは間違いないようだ。

水辺のスケッチ展という内容の個展を計画している僕としては、二度目に北海道へ行きスケッチをするならば、この三大秘湖の全てをスケッチで制覇し、個展の目玉にしたいと、最初は考えた。
だが、昨年の桜岡湖のくだりでも書いたように、「水辺ギリギリの所から描く」のが水辺のスケッチから外したくないテーマであり、昨年立ち寄ったオコタンペ湖は(今年知ったところでは)環境保全以外にも、熊が出没して危険だから……という事情などで、湖畔に立つことが許されない湖である。つまり、五つの湖全てをテーマに則った形でスケッチすることは出来ないのである。
しかしながら、有り難いことに三大秘湖は他に四つある。この四つの内から三つを描くことが出来れば、実質的にスケッチ制覇したことにはならないにしても、「Jobimの選んだ三大秘湖」という看板を掲げて作品を展示できるわけである。それで充分目玉としてのインパクトは備わるように思えた。

しかも、僕が近寄る事の出来ないオコタンペ湖を除くと、その他の湖は北海道のど真ん中あたりから道東エリアに集中していて(地図参照)、スケジュール的にも無理のないプランを練りやすいと来ている。
これだけ望ましい条件が整っていれば、他のどこへ行くでもない……そんな考えもあって、今年も北海道へ来た次第である。
北海道へ上陸したら、一番南にある豊似湖へ行き、その後北上してオンネトー、チミケップ湖、東雲湖と回り、昨年も通ってきた日高などを経由し、時間に余裕があれば札幌へ寄ったりなどして、帰途につく……それが僕の考えていたプランであった。

とにかく進むべし

赤の太線が予定していたルート。
赤の太線が予定していたルート。出来るだけ豊似湖の近くへ行きたかった。

さて、本筋に戻ろう。
その後、国道5号線をどんどん北上した。今日はこのままずーっと海沿いの国道を走り、可能な限り第一スケッチポイントを予定している豊似湖にできるだけ近いところまで進んでおきたい。
予報が的確ならば、台風は今夜北海道を通過するはずなので、今夜はテント泊を避け、とほ宿かユースホステルへの宿泊を計画していた。台風が来ると分かっていてテントを張るほど、僕も命知らずではない。命もさることながら、スケッチブックを濡らしてしまっては、今後のスケッチも支障が出る。
普通の宿でも構わないのだが、学生の頃に一度泊まったきりのユースホステルへの宿泊を、僕は考えていた。ライダーズマップルにも場所や電話番号が紹介されていて、目星をつけやすかったからでもある。

ユースホステルを豊似湖に近い順にあげると、静内、新冠、豊里……という感じだが、一番遠い(つまり目的地に近い)静内のユースホステルに、今から向かって間に合うかどうか。ぼんやりとした記憶では、ユースホステルは受付が終わる時間が早かったような気もする。
ユースホステルではなくても、余りにも遅い時間になっては、断られるのは昨年の青森で経験済みだし、そもそも非常識というもの。もう少し手前の、新冠か豊里にあるユースの方にした方が賢明かも知れない。苫小牧辺りまで行けば、あとどれくらいで到着できるかの見当がつきそうだったので、とりあえずは急ぎめに進んでおくのがよいだろうと、僕は考えた。

この旅初の昼食

カニ鮭丼(¥1,500-)。
カニ鮭丼(¥1,500-)。まあ、よしとしよう……。

そうして国道5号線を北上していると、少しずつ雨足が強くなってきた。函館から二時間ほど走ったあたりだったと思う。嫌な予感が的中……というか、夜には台風が来ようという日なのだから、当然の展開ではある。レインウエアは着ているので、このまま走っていくことは出来るが、そろそろお腹も空いてきた。いよいよ雨足も強くなってきたかという頃に構えの大きなドライブインが目に入った。
「よし、ここでお昼にしよう!」と、僕は単車を乗り入れた。
自動ドアの前に佇み、中の様子を見ると、メニューが何とか読みとれる。こう言うときに視力が良いと便利だ。海鮮丼が1500円……などと書かれているのが分かる。昨年の某岬の血も涙もないウニ丼の値段設定に鑑みると、味が分からなくなるような高いお店では無さそうだ。僕は店内に入り、席に通された。
結局僕は、最初に目に入ったからでもあり、昨年の旅行では蟹を食べなかったからでもあり、北海道らしいものでもあり……という理由で、蟹と鮭のほぐしたヤツが乗っけてあるカニ鮭丼を選んで食べた。旅の最初を飾るには適当な、非B級の選択だったと思う……のだが、食べてみると薄味好きの僕には少々しょっぱかった。でもまあ、カニも食べられたことだし、良かったことにしよう。

恐怖の犬……のライダーハウス

食事を終えた僕は、再び国道5号線をひた走る。
雨足も弱まることなく降り続いているので、無闇にスピードを出すようなことは控え、安全なライディングを心がけた。
安全に急ごうと思うと、高速道路に入るのも一つの選択肢だが、目的地のことを考えると、あまり効率的でないし、台風が接近してきて風が強くなってはとても危険なので、一般道をそのまま走り続けた。

やがて5号線から国道36号線へ。何故だか、この頃はいくらか雨足も弱まっていた。
室蘭を通り過ぎ、あと20キロくらいで苫小牧……という辺りだっただろうか。渋滞気味だったために速度を落とし気味に走っていた僕の目に、茶色く塗った幅30~40cmくらいの板に、黄色いペンキで『↑ライダーハウス 500円』と書かれた看板が目に入った。
「そうか。ライダーハウスという選択肢もあるか……」と思った僕は、ちょっと様子だけでも見てみようかという気になった。今夜は台風を凌げる宿を探すことが最優先であり、それが早く見つかるならそれに越したことはないし、それが良好なライダーハウスであり、他に楽しく過ごせそうなライダーさんが泊まっているようなら、それ以上のことはない。
僕は国道36号から左へ、内陸の方へと進路を変えた。
同じ看板を目印に、どんどん国道から離れ、僕はライダーハウスへと向かった。

……しかし、なかなか遠い。目印の看板も10個以上を数えた。ちょっと様子を見るという感じの距離では無かったようだ。
周囲の景色も寂しくなっていく。本当に大丈夫なのだろうか? ……と、焦りつつもどうにか「ここがライダーハウス」という看板にたどり着いた。周囲に人家も少ない寂しげな所であった。
見渡すと、広い敷地の奥の方に大きめの二階建てがあり、その手前に用済みになったとおぼしきバスが置かれている。
「アレがそうなのか?」と、僕は思い、単車を乗り入れた。すると!
猟にでも使いそうな立派な10匹以上の犬(品種はよく分からなかった)が、激しく吠え立てながら僕の方へ駆け寄ってきた。

「うわ、何だこれは!」それほど犬が苦手というわけではないのだが、この数でこの剣幕の犬たちに吠え立てられては、誰だってビビる。
敷地内は砂利で、単車のスタンドも立たなさそうだし、こうも犬に取り囲まれては、単車からも降りるに降りられず、僕はオロオロするしかなかった。
ガブッ!と、そのうちの一匹が、僕のふくらはぎ辺りに噛み付いた。
「ぐわ」と僕はヘルメットの中で叫んだが、穿いていたレインウエアとジーンズのお陰で、大したダメージでもなく、それほど痛くもなかった。
と、噛み付かせたままにしておくわけにもいかないので、振り払おうと足をバタバタさせていると、奥の二階建てから40代半ばくらいの男性が駆け寄ってきた。ライダーハウスを経営している人のようだった。
「コラ! シッシッ!」と、激しく吠えまくる犬たちを追い払おうとしているが、犬たちはなかなか鎮まらない。しまいには管理者さんは、何頭かの犬を蹴飛ばしたりなどして犬たちを追い払った。
「いやあ、済みませんねえ。ウチはニワトリを飼っているんですが、キツネにやられるんで犬を飼ってるんですよ」
少々ホッとしながら、「いえいえ、そうでしたか。ともあれ、ちょっと様子を見せて貰っていいですか?」と、僕は言った。
思った通り、ライダーハウスとして使っているのが用済みになったバスの車両のようであった。シートでも敷いて寝袋に収まれば寝られないこともない気がするが、バスは傾いているし、入り口近くにはビールなどの缶が山積みになっていて、犬のであろう動物の臭いの混じった心地よくない臭いがプンプン漂っていた。
風呂や買い出しなどについて、一応は聞いてみたが、ちょっと僕には泊まろうという気にはなれなかった。
「申し訳ありませんが、今日は台風が来るそうですし、他を当たらせてください」と、僕は言うと挨拶もそこそこにその場を去った。
犬が好きで、臭いが気にならなくて、2~3人での宿泊をするなら……アリのライダーハウスと言えるところでした(いるだろうかそんな人)。
いずれにせよ、出来事と印象を正直に書いたのが僕の純粋な気持ちであって、批判を書いているつもりではないことを付記しておきたい。(汗)

豪雨の中の到着

無駄に寄り道をしてしまった僕は、国道36号へ戻り、進み続けた。
雨足は強くなってきて、台風が迫ってきていることがよく分かる。
8時を過ぎた時間だっただろうか、苫小牧の市街地へ到達した僕は、ファミリーレストランで食事を取った後、一時間程度で到着できそうなユースホステルである、豊里夢民村ユースホステル(以降YH)へと電話をした。ユースホステルのような所だと、やはり9時頃には到着しないと不味いだろう。
電話は繋がり、今苫小牧にいて、一時間後くらいには到着できるという旨を伝えると、無事予約が出来た。少々遅くなることがあっても、どうにか泊めて貰えるだろう。
市街地を抜け、車の数も少なくなり、快調に走行できる……が、雨足は本格的に強くなってきた。北海道の道路らしく直線が続くが、この豪雨では、いつハイドロプレーン現象が起きてもおかしくないので、控えめな速度で、疾走を続けた。こうして安心して走っていられるのも、ピカピカで視界良好のシールドの威力……と言いたいところだが、それが普通なのであって、昨年は雨天の視界不良に苦しんだのは自業自得だったのである。
やがて門別を抜け、目指す豊里へさしかかる頃は、もう台風のまっただ中……とも思える豪雨である。国道から左の方を指して、夢民村YHはこっちという看板を見つけ、細くなった道を走っていったが、所々川の中を走っているかと思うような所もあった。
舗装はされているものの、ほとんど山道のような道幅の道路を走っていると、牧場や農業大学の施設の看板が、豪雨をかいくぐって目に入った。さっきのライダーハウスと同様、国道からYHにたどり着くまでに10個近くの看板を数えながら、僕はようやく今日の宿に到着することが出来た。9時を充分に過ぎた時間だった。
豪雨のため、建物の様子などはよく見なかったが、先客のものであろう単車が数台停められていた建物がどうやらYHであることが分かった。

僕はとりあえず先に泊まっていた単車の傍に単車を停め、手続きをすべく玄関から様子を伺った。奥の方から話し声が聞こえ、階段の上の方から子供が駆け下りてきたりしている。家族連れの宿泊客もいるようだ。
間もなくペアレント(YHの管理者さんをこう呼ぶらしい)さんが現れ、「あ、さっきの電話の方ね」と、ずぶぬれでヘルメットを脇に抱えた僕を見て、声をかけた。
「そうです。遅くなってしまって済みません。よろしくお願いします」と、僕も挨拶をした。
「この雨の中、大変だったでしょ。濡れた荷物は、出て左にある離れにおいて乾かして下さいね。手続きはその後でいいですよ」と、くつろいだ格好ではあるものの、上品な物腰の40代くらいかと思える女性は、そう僕に話しかけた。
「はい。ではさっそく……」と、僕は単車の方へ戻り、指示された「離れ」なるところに荷物を運び込んだ。
中へ入ってみると、ロフトの上の方に寝具なども置いてあるようだが、僕のあとなどにだれも来ないだろうし、今日は誰も泊まらないだろう……と思い、ビニールシートを敷いた上に、濡れた荷物や衣類を、床やハンガーに掛けて干させてもらった。

貴重品や着替えなどの最小限の荷物を携え、先ほどの玄関から中へ入り、手続きを済ませた。どんなものがでてくるのか興味もあったし、用意もしていなかったので朝食はこのYHで頂く……と手続きをし、料金を支払った。
学生の頃泊まったYHは、全体的に簡素で如何にも公共の宿泊施設という感じだったが、この「夢民村YH」は木材の匂いが漂うログハウスであり、どこかペンションのような雰囲気だった。
手続きをした広いリビングの周囲に、ここで知り合ったであろう青年が別な客の子供の相手をしていたりして、和やかな雰囲気であったが、宿泊の手続きをしたときに、『入浴は夜10時までで消灯は11時』と言われ、「ああ、時間に厳しいところはちゃんとYHなんだなあ」と思った。

必要に迫られたツワモノ

二階建てベッドが5~6台並んでいる寝室へ案内され、先にベッドを確保しているお客さんたちに挨拶をすると、一斉に僕に注目が集まった。たじろぎつつも、「ええっと……この上のベッドは空いていますか?」と聞くと、そのうちのお一人が「そこなら大丈夫だと思いますよ」と答えてくれた。
部屋にいた人たちは、会話すらせずに僕の一挙一動に注目している。ペアレントさんの話では、通された部屋のほとんどがライダーだと聞いていたとおり、部屋にいるのは若い男性たちばかりであったが、何なのだろうか、この雰囲気は。そんなに僕はいい男か?
「荷物がまだ濡れているんで、ここの床に置かせてもらっても構いませんか?」と、僕が確保したベッドの1階に居た男性に声をかけると、「ああ、どうぞどうぞ」と返事をくれた。見回すと、どのベッドの前にも衣類やライダーズマップルなども床やハンガーを使って干してある。
「あの……この雨の中を走ってきたんですよねえ?」と、突然部屋の奥の方に場所を確保していた男性が、僕に声をかけてきた。
「? そうですよ。予想していたより遅くなっちゃいましたけどね」
「いやあ、こんな雨の中を走ってくるツワモノがいるって、みんなでビックリしていたんですよ。で……どこから来たんですか?」学生さんかと思われる彼は、続けて僕に話しかけた。
なあんだ、みんな僕の男っぷりにほれ惚れしていたのではなく、豪雨の中を走ってきた酔狂な男がどんなヤツだかを見ていたのか。
「東京から……ですよ。まあ、今日は函館からここまで……ですけどね」
「は、函館え!? 何キロくらい走ったんですかあ?」話しかけてきた彼以外の人たちも、ギョッと目を剥く。

「うーん、200km前後だと思いますけど……お昼に函館について、実質走っていたのは6~7時間かなあ」
「200km~!? 6~7時間~!?」と、皆顔を見合わせて驚いている。今時の若い人たちは、あまり長距離を走らないのだろうか?(汗)
「いえいえ、25歳くらいまでは、帰省するときに丸一日かけて1500kmくらいは走ってましたし、今日も東京─青森間の四分の一くらいですから」と、僕は少々気をよくして言った。
実際、単車に乗っていると疲れるという話は良く聞くが、長年に渡り天候を問わず、通勤や帰省に単車に乗っていた僕にとっては、単車に跨っているのは自宅で座椅子に座っているのと変わらない感覚であり、ここ3年ほど通勤では使っていないものの、感覚的にはそんなに変わらないつもりである。
僕に言わせて貰えば、7~8時間も時間が経てば、座椅子に座っていても疲れるのと同じなのではないか、と思えるのである。高速道路を長時間となると疲れることは疲れるが、座椅子に乗って高速走行したことがないので比較のしようがない。
ともあれ、車の免許を取るのも遅かった僕は、「必要に迫られて」高い頻度で長距離走行をし、慣れてきたような所があるので、そうツワモノ扱いされるのも違う気がするのだが……。
「……そうだったんですか。僕らなんて苫小牧の港について、雨が降り出したんで逃げ込むようにしてここへ来たんです。今日は20~30キロしか走ってませんよ。ここのみんなそうみたいですよ」と、彼は言い、こう続けた。
「でも……そんな旅行をするのに、どうして車じゃないんですか?」
「何故かというとですね、車は持っていないからです」僕はズバリと、必要に迫られている事情を答えた。

挨拶代わりの武勇伝を披露したのち、僕は入浴を終えて寝室へ戻った僕は、さっそくタンクバッグの中からノートパソコンを取り出した。雨や震動の影響で稼働しなくなっていないかどうかを確かめたかったのと、記録できる分の旅行記を入力しておきたかったのである。
が、時間も消灯時間間際である。とりあえず起動するのを確かめた上、ギリギリまで執筆しようとしたのだが、あっと言う間に消灯時間となり、部屋の明かりは落とされた。
部屋は静まり返り、寝息さえ聞こえてくる。僕のノートPCの鍵打音は小さい方だから、他の方の安眠を妨げたりはしないと思えたが、やはり気が引けたので、僕は二階のベッドから静かに降りて、寝室から離れたところで作業をしようとリビングへ向かった。
リビングも明かりが落とされており、飲み物の自動販売機の明かりだけが灯っている。僕は再び寝室へ戻り、缶ビールを購入すると、テーブルに着いて執筆を始めた。
しばらくビールをお供に執筆を続けていると、寝室にいたライダーさんの一人が、僕と同じように寝室から出てきたので、タイピングを休んでひそひそと話をしていると、初老の男性がどこかのドアを開けて出てきた。「ホラ、消灯時間は過ぎてるでしょ! 寝室へ戻りなさい」と、抑えた口調で注意をした。この方もペアレントさんなのだろうか?
「は、はい。ビールを飲んだら戻ります」と返事をすると、初老の男性は奥の部屋へと姿を消した。いやあ、やはりYHは規則が厳しいなあ。
僕と彼は間もなく寝室へ戻り、僕は再びベッドへ入ったが、やはり眠れなかった。疲れているはずなのだが、日頃昼に起きて明け方寝る生活が続いているため、なかなか眠くならないのだろう。
しばらく経ってから、僕は再びベッドを抜け出し、リビングにノートPCを携え、コソコソと旅行記の執筆を2本目のビールを供に執筆をしようとした……のだが、「ああ、今回は準備編から書いた方がいいかなあ、そのためにはもう一度調べないと書けない部分があるなあ」などと考えがまとまらなくなり、また注意を受けても何だし、ビールを一気に飲み干し、寝室へ戻ることにした。

明日以降の執筆は、起こった出来事のうち、忘れては困ることだけ控えておくことにしよう。全部書こうとしても無理というものだし……などと、床について考えているうちに眠くなってきた。2本のビールが効いてきたのかも知れない。
またしても豪雨に祟られたものの、無事に宿にたどり着き、台風をやり過ごせそうだったが、このあとの天候のことを思うと、暗雲たれ込める……感じで夜は更けていった。

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