便利に毒されし者の北海道おっちょこちょいスケッチ旅行・2002年

キャンプ場移動と砂を噛む風雨

8月12日・キャンプ場移動

その後僕は、潮見橋に戻り、昨日のスケッチの続きを済ませた。描き足りないと思っていたのは、手前の岸。その辺りをしっかり描き込み、空を少しだけ良い天気にした程度で、サササッっと小一時間で終わらせた。
「よし、移動だ」
今日すべき事は、第一目標であった三里浜キャンプ場へと移動し、夕食の準備をすることのみだ。
自分のテントに戻ってきた僕は、撤収作業に取りかかった。

またしても雨。先に掲載した写真と同じ日だなんて信じられない。
またしても雨。先に掲載した写真と同じ日だなんて信じられない。管理棟の脇に単車を移動し、パッキングをさせてもらった。
作業をしながら、「さて、夕陽に間に合うだろうか?」と思い空を見上げると、あれ? 雲行きが……。ヒリヒリするほど日焼けさせてくれたお天道様は厚い雲に隠れ、空も随分と暗くなってきている。
「これは夕陽どころじゃない。急いで移動しなくては!」と、倍速くらいのスピードで片づけをしていたが、パッキングを済ませる前に、とうとう小粒の雨が降り出した。
テントを畳んでしまっていた僕は、荷物の全てを管理棟の休憩室まで運び込み、しばし雨を凌ぐことに。全く、なんて意地悪な天気なのだろうか。
雨宿りのために逃げ込んだとはいえ、休憩室のベンチの半分くらいのスペースを荷物で占拠する形になってしまったのが気が引けたので、主に貴重品を納めてあるタンクバッグ以外のパッキングだけ済ませて、管理棟の中で雨止みを待つことにした。
ついでだから、携帯電話の充電を……と思った僕は、管理員室から姿を見せた管理員さんに、「済みません。あの電源で携帯電話の充電をさせてもらっても構わないんでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
ああ、何と親切な……。というか、前々日の夜も、堂々と充電して良かったのだ。
ついでに僕は「あんなにいい天気だったのに、雨が降るとは参りますね」と、管理員さんに話しかけた。
どんよりした空のサロマ湖。
どんよりした空のサロマ湖。しつこいようだが、午前中の晴天が信じられない。充電待ちのヒマに任せて撮影。
「予報では、今日の降水確率は0%だったんだけどねえ、ちっともアテに出来ないねえ。それにしても、今年は異常気象だよ。この夏はずっとこんな天気だから……」と、息をもらすようにして、管理員さんはおっしゃった。
我々ライダーも「異常気象」には参るが、観光地で商売をしている方たちも、今年の天気には辟易しているのだろうなあと、思ったりした。キムアネップキャンプ場は無料だが、やはり悪天候は有り難くないだろう。

ぼちぼち夕方という時間になり、他のライダーさんたちが、続々とやってきた。正統派のライダーさんたちだと、このくらいの時間に移動を済ませてしまうのだろう。
今晩ここに泊まっていくのであろうライダーさんお二人ほどと、
「……そうですか。そんなところがあるんですか。僕も行ってみようかなあ。実は、北海道は初めてなんですよ」
「僕はもう何度か来ています。どうですか、北海道は?」
「いやあ、寒いですねえ」
「ワハハハ」
などと、同じような会話をし、同じようなリアクションを貰った。皆さん、友好的で、屈託がない。
ライダー同士が友好的なのは、少数派の仲間意識や共感によるものだというのが僕の分析だが、そういうのも悪くない。同じような乗り物で、同じような思いをして、同じような所を回っているのだから、少し話をすればうち解けるのは、心地よい当然だ。

やがて充電が終わり、雨も小降りになってきたので、いよいよ僕は出発することにした。
時間は四時近い。随分と予定が狂ってしまったが、小一時間走れば三里浜キャンプ場へ着くことは重々承知なので、今出れば明るいうちに到着できる。
管理者さんに挨拶をし、僕は単車にまたがり、出発。豪快にスロットルを開け……たりすると危険なので、慎重に出発した。路面は濡れているし、安全に行かないとね。
ヘルメットのシールドにつく雨の滴を、グローブで時折拭いながら、僕はまっしぐらに……かつ慎重に、三里浜キャンプ場へ向かった。

またも迷走し食材調達

17時半近かったろうか。僕は、三里浜キャンプ場へ二度目となる到着を果たした。前々日と同様、閑散としている。
景観をチェックしたが、ここも水辺の様子も海そのものだし、この天気では夕日も望めない。とは言え、ここから更に移動したところで、悪天候は同じだし、望ましい条件が揃っている保証はない。
僕は単車を降り、管理棟へ向かった。
「済みません。今日お世話になろうかと思っているんですけど、大丈夫でしょうか?」
「ハイハイ、バイクですね。一番奥がバイク用だけど、今日は空いているから……」と、前々日も頂いた親切なコメント。
「あの……ここの売店って、今買い物は出来ますか?」三里浜キャンプ場には売店があるのだ。
「いや、今日はもう閉めてるねえ。この天気じゃお客さん来ないからね」
「そ、そうですか。この近くで買い物できるところはあるでしょうか?」
「見たと思うけど、ちょっと戻ると店はあるけどね。欲しいものがあるかどうかは分からないよ」
確かに……。だから僕も立ち寄らなかったのだ。
「スーパーとかがあるのはどれくらい先になりますか?」
「うーん、ここから10kmくらいは先だねえ。湧別町まで行けばあるけどね」
「分かりました。とりあえず、買い物してから手続きします。有り難うございました」

カテトリーの図。
カテトリーの図。名前は仰々しいが、食事の時に使う道具全般を指すようだ。別にキャンプ用のを買わなくても良かったと、ちょっと後悔している。因みに、自慢じゃないけどチタン製。(それほど高価ではない)
急がないと、また闇夜の設営になってしまう。僕は地図をチェックし、湧別町へ。
20分ほど走っただろうか。少々道に迷いながらなるべく大きな通りを走っていると、繁華街が見えてきた。
やがてスーパーを見つけ、食材を物色。いろいろと見てみたが、結局一人分を調達できるものとなると、昨日と同じ、野菜炒めが関の山のようだ。
構うもんか、と思った僕は、肉だけでも変化を……と思い、カレー用の角切りの豚肉と、味に変化を付けるために醤油、そして、ピーマン、モヤシ、シメジ、魚の缶詰、食パン、それから、割り箸ではなく塗り箸を調達した。出発前に購入しておいたカテトリー(画像参照)のフォークでは、調理がし辛く、焼きたての熱いものなどは、食べるときも不便なこともある。やはり日本人は箸だねえ。

そして、そろそろ米も……と思ったが、最低でも5kgのしか売られていなかった。あと数日しかキャンプしないのに、5kgも買うのは余りにもバカだ。僕は店員さんに、
「この辺にお米屋さんはありませんか? もう少し小さい単位で欲しいんですけど……」と、目一杯申し訳なさそうに尋ねると、
「ああ、コンビニに行くとあるかも知れませんよ」
「あの……それはどこに……?」と、更に申し訳なさそうに聞くと、
「前の通りをあっちの方にしばらく行くと、セイコーマートがありますよ。すぐ分かると思います」とのこと。いやあ、北海道の人たちは、本当に親切だあ。
「有り難うございます!」と、礼を言い、会計を済ませ、言われたとおりに行くと、セイコーマートなるコンビニエンスストアを見つけられた。後で知ったことだが、セイコーマートとは、北海道を中心にチェーンを展開しているコンビニエンスストアなのだそうだ。セブンイレブンや、ローソンなど、全国区のコンビニに混ざって、商戦を繰り広げているらしい。そう言えば、上陸後何軒も見たっけ。

3度目の到着

キャンプ場の管理棟を始めとして、スーパー、コンビニと、何度もヘルメットの脱着を繰り返したせいもあってか、セイコーマート前でヘルメットを脱ぐときは、上へ引っ張るヘルメットにつられてカカトが浮くほどの痛みが両耳に走った。見事に日焼けしている頬も、もの凄くヒリヒリする。
すっかり涙目になりつつも入店し、米を探すが、見あたらない。店員さんに「お米はおいてませんか?」と聞くと、店員さんは申し訳なさそうな顔をして、「こちらに……こんなのしかないんですけど……」と、案内してくれる。涙目になっていたためか、見落としていたようだ。見ると、あるじゃありませんか、1kgのヤツが。
「それです! 僕はそう言うのが欲しかったんです!!」タンクバッグを持っていなかったら、店員さんと両手で握手をしていただろう。
ついでにお酒のコーナーを見てみると、ハーフボトルの馴染みのお酒もいくつも置いてある。なあんだ、始めっから、何度も素通りしていたセイコーマートへ来れば良かったのだ。
まずはEarly Timesのハーフボトルを手に取ったのだが、よく考えるとハーフボトル程度では、人に勧めたりしているうちに、あっと言う間に無くなってしまう。普通のボトルを買っても、重さやかさは大して変わらない(本当は倍だけど)。
「ええい! 買ってしまえ!」と、僕はとうとう750mlのJim Beamを買ってしまった。今日の夜も長くなりそうだし、半端なサイズを買って、物足りなくなるよりは、残って荷物になる方がマシだと思えた。
会計を済ませると、一路三里浜キャンプ場へ。到着したのは、またしても暗闇のキャンプ場だ。まあ、仕方あるまい。
痛む両耳に、またしても涙目になりながらヘルメットを取って管理棟へ行き、手続きを済ませた僕は、テントを張るのに適当な場所を探しにフリーサイトへ向かった。何としたことか、今日は風も強い。
トイレとシャワーのある建物の間に、2、3台のバイクが止まっていて、風を除けられるよう、建物の陰にテントを張っているのが見られた。人気のないテントもあったが、中で明かりを付けているテントもあった。

悩めるライダー同士

さて、僕はどこに……と思っていると、恐らく、僕が到着したすぐ前にやってきたであろうライダーさんが、前々日の僕のように様子を見ていたらしく、先客のテントのある辺りをうろうろしていた。僕が目礼をすると、
「ん? ここでテント張るの?」
「ええ、そのつもりですよ。食べ物も買って来ちゃいましたしね」
「ホントに? オレはライダーハウスに行くかどうか迷ってるんだ。他の人はこの建物の陰を利用して上手くテントを張ってるけど、空いているとはいえ、やっぱり便所の近くには張りたくないしなあ」
オフロードのバイクに乗っているらしき、やや貫禄のある体型のその方は、400円の料金を払ってしまったものの、この天候ではテントを張る気になれないので、ライダーハウスか「とほ宿」への宿泊を検討しているとのことだった。
「食べ物は、テントの中に入れておいた方がいいよ。カラスに荒らされるぞ」
「……そうなんですか。ところでここのサイト、ペグは効きますかね。一応コンビニの袋に砂を詰めて固定しようかとは思っているんですが……」
「さあ、どうだろうねえ。大きめの石にロープでくくった方がいいと思うよ。コンビニの袋というだけで、カラスにつつかれるから」
この方、余程カラスにひどい目にあわされたのだろうか?
「そうでしたか。参考になりました。それにしても……この天気には参りますね」
「いやいや、オレは3回北海道に来たけど、3回とも雨だった。お陰で合羽を着るタイミングが身に付いたし、雨に備えたパッキングも上手くなった」
「…………それはそれは」他に言葉が見つからなかった。体型以外からも貫禄を感じさせるエピソードだと思った。色んな経験をしている人がいるんだなあ。
とりあえず、「僕はテントを張っちゃいますよ。あの建物の前に張ってあるテントの隣なら何とかなりそうですから」と言い、設営の準備に取りかかった。彼は、ここでのテント泊をすっかり諦めているのか、情報収集をしようと携帯電話を取り出し、ダイヤル(携帯でもそう言うのか?)している。きっとライダー仲間がいて、ライダーハウスの状況を伺っているのだろう。

そんな彼を後目に、僕は設営を始めたが、風が強くて非常に苦労した。
風下に入口が向くように、なおかつ、先にテントを張っている人の邪魔にならないようにと、照明も少ない中で、砂地なのをいいことに、整地もせずにどうにかテントを張り終えた。
テントが飛ばないように荷物を放り込むと、出発前に買いそろえたプラスチックの太いペグを砂地のサイトに刺してみた。ハンマーを使うまでもなく脚で踏みつければ突き刺さるが、キッチリと差し込みきると、どうにか固定できそうだ。大荷物に自分の目方があれば、寝ている間にテントが飛ぶことは無いだろう。
結局、コンビニの袋は無くても良かったんじゃないか……と思うと力が抜けた。まあいいや。
テントの中の荷物から、食事の準備をすべく食材やクッカーを取りだして、水場へ向かおうとした。すると、さっきの彼が「空いているライダーハウスが見つかったよ。ここからそう遠くないから、オレはそっちへ行くよ」と、安堵の表情を浮かべながらそう言った。
「そうでしたか。では、この後も気を付けて」と、僕が挨拶をすると、彼も片手を上げて挨拶をし、ヘルメットを被り、走り去って行った。

文字通りの食事

さて、こっちは食事だ。やることは昨日とほぼ同じだ。500mlのオレンジジュースの紙パックを開いて作ったまな板や、野菜のトレーを2、3度、風に飛ばされそうになったが、テキパキと作業を終え、今度は炊事場へと移動した。バターや肉から油煙が出そうで、テントの前室での調理は憚られたし、炊事場ならブロック塀で四方を仕切ってあるから、どうにか風を凌げそうだったからだ。
が……。炊事場のブロック塀は思ったより低く、うんと壁際でないとひどく風雨が吹き付ける。

結局僕は、シャワーの建物の陰で、炊事場の隅っこの方に椅子を置いた。それでも吹き込む風雨はいくらかマシという程度だった。
ストーブを組み立てたり、バターを取り出そうとして食材から目を離していたら、ザルの中の食材に、舞い飛んできた砂が胡麻塩のように付着している。その光景は、僕に著しい脱力感を与えたが、ここまで来て食べないわけにもいかない。目立つ分だけ砂を払い落とし、プライパンヘ放り込み、時折醤油を垂らして味を調えた。カレー用の肉は、ストーブの火力では中まで火が通りにくいし、その間に野菜はどんどん焦げていく。
食べている間も、強風が容赦なく吹き付け、雨の滴が顔や肩に降り付ける。口の中では落としきれなかった砂が、一噛みごとにジャリジャリと音を立てる。
『砂を噛むような気分』という表現があるが、これでは『砂を噛むような食事』だ。我ながら巧いと思うが、当てはまりすぎていて笑う気にもなれない。
なんだか悲惨だ。つくづく惨めだ。僕は、何でこんな思いをしているのだろうか? キャンプに来て、不便を楽しむためなのか? こんなやるせない不便を、楽しもうという人がこの世にいるのだろうか? さっきの彼がそうしたように、荷物を降ろした後とは言え、ライダーハウスに泊まった方が良かったんじゃないのか?
などと考えつつ、用意した食材を食べ終えた。お腹が膨れたという実感はあったが、満足感でも満腹感でも無かった。
濡れナプキンやティッシュで、大雑把にクッカーやカテトリーを拭った僕は、ブルーを通り越して、ダークグレーくらいの気分でテントへと引き上げた。風呂でも浴びれば気分も変わるかと思ったが、シャワー室は20時で終了していた。

テントに戻ると、半濡れの服を着替え、寝袋を広げて身体を納めた。ここまで来たら、あとはもう飲むしかない。タンクバッグからボトルをスチャッと取り出し、マグカップにJim Beamを注いだ。トクトクトク……と、心躍る音がする。ズズッとすすり、舌先で転がし、飲み込むと、喉に心地よい刺激が走り、胃の中で熱となって、活力を呼び覚ますようだ。
「滲みるなあ」
僕は呟いた。少し気分が良くなった。
外は相変わらずの風と雨。風はフライをはためかせ、雨音を強める。そんな中で、好きなお酒を一杯やる。なかなか悪くない。なかなか僕も単純だ。
僕はさらに、MDプレーヤーを取りだし、久しく聞いていなかったJoão Gilberto(ジョアン・ジルベルト)のアルバムを聴いた。Joãoのギターの音色と歌声が、風や雨の音……そして、鬱々とした気分を洗い落としてくれるようだ。Joãoは、気むずかしく神経質で、変人とまで言われる人だが、歌声はとても優しい。
「滲みるなあ」
また僕は呟いた。今日は、昼までと夕方以降で、2日分の北海道を味わったような日だった。そして、1日にして絶頂とどん底を味わったような日でもあった。
『幸福とは、人をその後に待ち受ける不幸に引きずり込むために用意された罠だ』
と、僕が大学の頃につけた日記に書いたのを、ふと思い出し、苦笑した。

少し落ち着きを取り戻した僕は、携帯電話を取りだし、親しい人たちにメールを打った。
ちびちびと飲んでいたバーボンの2杯目を空ける頃に、Joãoのアルバムが終わったので、UAの初期のアルバムにかけ替えた。UAの歌声も大好きだ。ジャズやボサノバにも理解のある人らしく、カバー曲が入ったアルバムも出ている。何と言っても、温かく、膨らみのある声に魅せられる。
「滲みるなあ」
またしても僕は呟いた。そして「でも、そうだろうか」とも思った。前述の学生の頃に書いた一節のことだ。
先に幸福感に耽溺していれば、後にやってくる不幸は耐えがたいものだが、順番が逆なら不幸の後に訪れるかも知れない幸福は、それこそ至福と思えるのではないだろうか。
散々な目にあったと思ったが、今の僕は好きなお酒をあおり、好きな音楽を聴いて、「至福」とは言わないまでも、ささやかな幸福感……いや、安堵感を味わっている。人生とはそうした両極の繰り返しだ。どっちが先でもなく、どっちが最後でも無いだろう。そもそも、僕が経験してきた「不幸」など、ささやかなものだ……。
そんなことを思いながらメールを書いていると、どうしようもなく眠くなってきた。
今日はとことん飲もうと思っていたのだが、炎天下のスケッチが応えたのか、疲れがバーボンに呼び起こされたのか、疲労は睡魔へと姿を変えたようだ。これだけは書き終えなくては……と思っていたメールを書き終わらないうちに、僕はぐっすりと眠り込んでいた。