晴天のスケッチとキャンプ場移動



8月12日・キャンプ場移動

目が覚めると、「一体ここはどこ?」と思うような晴天だった。
前日分の旅行記に画像が少なかったので、この日の分はちょっと多めに画像をご覧頂こう。
晴れ渡った空が嬉しくて、三脚とリモコンを使って撮影。
晴れ渡った空が嬉しくて、三脚とリモコンを使って撮影。
これが普通の夏のキャンプ場の空だよなぁ。

管理棟や他のライダーさんの単車をバックに自分のテントと単車を撮影。
管理棟や他のライダーさんの単車をバックに自分のテントと
単車を撮影。引っ越したのを分かっていただけると思う。

正統派ライダーさんたちは、僕などより先に目を覚ましていて、朝食を摂っている人がいるどころか、撤収の準備をしている人までいた。皆生き生きと行動しているように見えた。僕同様、北海道へ来てから、ずっとスッキリしない天気に見舞われていたであろうから、当然である。
僕のテントの近くに居を構えていた、昨晩のパイプの御仁と目があったので、「いやぁ、いい天気になりましたね」と声をかけると、「ホントに嬉しくなりますねぇ」と、抑えきれない笑顔を見せた。
僕の方も、前日分のスケッチはたっぷり時間をとったにしても一、二時間で終わる。それから移動しても、第一目標としていた三里浜キャンプ場には明るいうちに到着できるばかりか、夕陽のスケッチもモノに出きるかもしれないと思えた。この天候が続けば、充分期待できる。

僕は、昨日食べきれなかったキュウリと残った食パン、カップスープで朝食を済ませた。残り物の適当な食事ではあるが、気分はウキウキしていた。

朝食を摂りながら周囲を見ていると、昨晩夕食の提供に応じてくれた女の子も、いそいそと撤収の準備をしている。流石は正当派ライダーだ。
僕と視線が合うと、ハタと思いついたように近づいてきて、「写真、いいですか?」と声をかけてきた。見ると、手にデジカメを持っている。
うろ覚えだが、テントの傍に停めていた単車と僕とを撮ってくれたような気がする。
「僕も、デジカメを持ってますので、撮らせて貰っても構いませんか? なんならバイクと一緒に撮りましょうか?」
「それじゃぁ、お願いします」
…と言うことで、駐車場へ移動し、パチリ(デジカメはこんな音はしないけど)と撮ったのが右の写真。
僕の予想と違わず、立派な単車に感服したが、なぜ駐車場に置いているのかと聞くと、サイドスタンドが地面にめり込んで倒れたら自分で引き起こせないから…とのこと。それでもこんな大きな単車に乗っているのだから、見上げた根性だ。流石は正当派ライダーだ。でも、倒れたら僕が起こしてあげたのに…。
「あの…私のカメラでも撮って貰えますか?」と、その子はデジカメを僕に渡すので、リクエストどおり撮ってあげたが、「電池を節約したいので、プレビュー画面は消してあります」とのこと。キチンととれたのやら…。
その後、おのおののテントへ戻り、その子はパッキングを、僕はスケッチの準備をすると言うことで、「お互い、無事で良い旅を」と挨拶を交わした。メールなりなんなり、連絡をくれると良いのだが…。

スケッチへ行くとなると、昨日宴会で一緒だった方々をこの場で見送ることが出来なそうなので、僕は先に挨拶に回ることにした。
「厚かましくガブガブ飲んで、申し訳ありませんでした。良いお酒でした」と、片づけの真っ最中であった主催者さんには、詫びと礼を付け加えたが、「いやぁ、そのお陰で僕らも楽しかったですから、全然いいですよ」と言ってくれた。
「どうかこの後も、安全で楽しい旅を」と、皆さんに挨拶を終えた僕は、スケッチの準備へとテントへ戻り、 スケッチの準備を済ませ、他のライダーさんより一足先に、キャンプ場を離れ、潮見橋へと移動した。
サロマ湖岸からの風景。
サロマ湖岸からの風景。これくらい良い天気なら、
ここを描いても良かったと今にして思ったりする。
ピンク色の花の名前は…調査中。

キムアネップキャンプ場の様子。
キムアネップキャンプ場の様子。炊事場は、キレイとは言い難いが、
お客さんはきれいに使っていた。

夕食を食べてくれた女性。
夕食を食べてくれた女性。画像を加工したくないのだが、
連絡が取れないので、今のところはご容赦を。
連絡頂けると良いのだが…。(汗)

橋に着いて、昨日同様サロマ湖側の川岸に降り立った僕は、「ん?」と、声に出して言った。
昨日と様子が違うのだ。川岸の面積も、水面から覗く砂地も、川幅も、全てが違うのだ。
要するに、サロマ湖が海と繋がっている湖であるがために、潮の満ち干があることを、僕はすっかり見落としていたのだ。
何のことはない、草の上を覆っていた海草も、潮の満ち干で陸地に取り残されたものだったわけであり、大きな流木が所々にあったのも、よく考えれば潮の満ち干のなせる業だ。
僕が昨日場所をとっていた辺りを見ると、今のところは水没していて、今すぐに続きを描くわけには行かない様子だった。
僕はしばらく途方に暮れたが、すぐにどうすべきかを瞬時に判断した。
「潮の引くのを待ちつつ、スケッチをしよう!」
この辺りから、サロマ湖の湖面が入るスケッチは、もう済んだも同然。後は、北海道にある、僕好みの場所をスケッチしたって、ちっとも構わないではないか。
時計を見ると午前9時過ぎ。昨日スケッチを始めたのが昼頃だったから、三時間もすれば昨日の水位に戻るだろうし、小さいスケッチブックなら充分に作品として仕上げられるだろう。
僕は、サロマ湖を背にした位置の、引いた潮に取り残された水たまりのような池の傍に場所を選んだ。
セッティングをしながら、「最近絵を描く時間がめっきり減ってはいたけど、まだまだオレは絵描きだなぁ」と、スケッチ出来るようになるのをスケッチしながら待とうとするポジティブさを、我ながら嬉しく思った。
本当はここ以外にも描きたいと思った場所があったのだが、白樺の木(画像では分かりにくいか)の入る「北海道らしさ」の方を選んでしまった。こういうのも「お上りさん的思考」と言うのだろうか。勿論、充分な手応えを感じる風景だったから描いたのではあるが。

それにしてもいい天気だ。
強烈に照りつける日差しで、スケッチしていて目が痛くなってくるほどだったが、その痛みすら心地よいほどだ。
昨日まで寒いことが多かったのに、長袖など着ていては暑くて仕方ない。ああも曇天が続いていた中、誰がこんな好天になることを予想できただろうか。
すっかり気分が夏に戻った僕は、暑かったこともあって、タンクトップ姿になった。が、やがて、これでは妙な日焼け後が残ると思い、タンクトップまで脱いだ。どうせ滅多に人など見ていないのだし、そもそも僕は男だ。
(右へ)
二枚目のスケッチと言える作品を(しぶしぶ)紹介。
二枚目のスケッチと言える作品を(しぶしぶ)紹介。
(F1 16.5×23.5)



じりじりと照りつける夏の日差しの中でスケッチをしながら、「あぁ、こんな事ってどれくらいぶりだろうか」などと考えた。
すると、背後からホーンの音。明らかに単車のものだ。振り返ると、宴会で一緒だったパイプの御仁だ。路肩に停めた僕の単車を見つけ、僕だと確信して手を振っている。僕も負けずに筆を持ったままの右手を大きく振って見せた。
そんな風にして、千葉の学生さん、元関西で今名古屋の方、最後に、車で来ていた宴の主催者さんカップルがホーンやクラクションを鳴らし、手を振りながら通り過ぎていった。

「キャンプ場で会って、宴会をやって、その場で別々になって、でもその後別のルートで同じ場所でバッタリ会って…それがいいんです」と、宴会の時にパイプの御仁が言っていた。ああして挨拶して走り去っていった彼らを見た僕は、彼の言うことが何だかよく分かる気がした。
名前も聞かないまま、またどこかで会うかもね…と、別れていく。気持ちよい出会いであり、別れであるかも知れない。

それから三時間ほど、目がチカチカしてくるのをこらえながら、無心に炎天下のスケッチに挑み続けた。
よし、こんな所だろう! 小品ながらまずまずの出来。僕の水彩画の持ち味をそれなりに盛り込むことが出来たのではないだろうか…と思えたのだが、きちんと仕上がりを確認できないほど、目がかすむ。三時間弱、照りつける日光の下でスケッチをしていると、斯くも視力を酷使するのだ。大変なんですよぉ、夏のスケッチはぁ。
振り返って、昨日選んだ場所の方を見ると、潮が引いて地面が姿を現しているのはぼんやりと分かる。今すぐに移動すれば、続きを描くことが出来るだろう。しかし、現状の視力では続きを描くのは難しい。
「ご飯にしよう♪」僕はそう決めた。丁度お昼時だ。
北海道へ来て三日目。そろそろ普通に外食を決め込んでも良いと思えたし、食事を摂っている間に視力も回復するだろう。たしか、国道に出たらすぐにドライブインがあったはずだ。
僕は荷物を置き去りにして単車を停めたところへ行き、ヘルメットを被ろうとした。
「痛いッ!」
何だこれは。耳が…特に左の耳がビリビリと痛い。そうか、日焼けしたんだ。そう言えば、左肩や左手、主に左側の皮膚がヒリヒリする。僅か三時間程度で、こんなにまで日焼けするのだろうか? 上陸後、これでもかと冷やされた後は、こんがりと焼かれてしまったようだ。全く北海道の気候は容赦がない。
ともあれ、食事だ。こんな事にへこたれてはいられない。
単車で三分も走ると、記憶にあったドライブインを見つけた。単車を停め、ヘルメットを取ろうとすると、またも耳に強烈な痛みが…。これから何度もヘルメットの脱着を繰り返すというのに、こんな事になるとは…。
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痛みと絶望感から涙目になりながら、通された席でメニューを見ると、北海道らしい海産物を使ったメニューがズラリ。でも、予想していたよりもお値段が高い。ドライブインだからこんな物だろうか。
本当は生ものが食べたかったが、値段との妥協点を「ホタテフライカレー」に定め、オーダーした。
産地で食べれば安い…というのは、幻想だったのだろうか。
とはいえ、久々にマトモなものにありつけ、どこかホッとしたような気持ちになりつつ、満腹感を得た。昨晩まで作って食べたものだって、マトモでなくはなかったと思うが…。


ドライブインで食べた「ホタテフライカレー(800円)」。
ドライブインで食べた「ホタテフライカレー(800円)」。
なかなか美味しかったが、インパクトの強いカレーの味のためホタテの
繊細な味わいを楽しめなかった。別々に食べる方が良いかも。


その後僕は、潮見橋に戻り、昨日のスケッチの続きを済ませた。描き足りないと思っていたのは、手前の岸。その辺りをしっかり描き込み、空を少しだけ良い天気にした程度で、サササッっと小一時間で終わらせた。
「よし、移動だ」
今日すべき事は、第一目標であった三里浜キャンプ場へと移動し、夕食の準備をすることのみだ。
自分のテントに戻ってきた僕は、撤収作業に取りかかった。
作業をしながら、「さて、夕陽に間に合うだろうか?」と思い空を見上げると、あれ? 雲行きが…。ヒリヒリするほど日焼けさせてくれたお天道様は厚い雲に隠れ、空も随分と暗くなってきている。
「これは夕陽どころじゃない。急いで移動しなくては!」と、倍速くらいのスピードで片づけをしていたが、パッキングを済ませる前に、とうとう小粒の雨が降り出した。
テントを畳んでしまっていた僕は、荷物の全てを管理棟の休憩室まで運び込み、しばし雨を凌ぐことに。全く、なんて意地悪な天気なのだろうか。
雨宿りのために逃げ込んだとはいえ、休憩室のベンチの半分くらいのスペースを荷物で占拠する形になってしまったのが気が引けたので、主に貴重品を納めてあるタンクバッグ以外のパッキングだけ済ませて、管理棟の中で雨止みを待つことにした。
ついでだから、携帯電話の充電を…と思った僕は、管理員室から姿を見せた管理員さんに、「済みません。あの電源で携帯電話の充電をさせてもらっても構わないんでしょうか?」
「あぁ、どうぞ」
あぁ、何と親切な…。というか、前々日の夜も、堂々と充電して良かったのだ。
ついでに僕は「あんなにいい天気だったのに、雨が降るとは参りますね」と、管理員さんに話しかけた。
「予報では、今日の降水確率は0%だったんだけどねぇ、ちっともアテに出来ないねぇ。それにしても、今年は異常気象だよ。この夏はずっとこんな天気だから…」と、息をもらすようにして、管理員さんはおっしゃった。
我々ライダーも「異常気象」には参るが、観光地で商売をしている方たちも、今年の天気には辟易しているのだろうなぁと、思ったりした。キムアネップキャンプ場は無料だが、やはり悪天候は有り難くないだろう。
ぼちぼち夕方という時間になり、他のライダーさんたちが、続々とやってきた。正統派のライダーさんたちだと、このくらいの時間に移動を済ませてしまうのだろう。
今晩ここに泊まっていくのであろうライダーさんお二人ほどと、
「…そうですか。そんなところがあるんですか。僕も行ってみようかなぁ。実は、北海道は初めてなんですよ」
「僕はもう何度か来ています。どうですか、北海道は?」
「いやぁ、寒いですねぇ」
「ワハハハ」
などと、同じような会話をし、同じようなリアクションを貰った。皆さん、友好的で、屈託がない。
ライダー同士が友好的なのは、少数派の仲間意識や共感によるものだというのが僕の分析だが、そういうのも悪くない。同じような乗り物で、同じような思いをして、同じような所を回っているのだから、少し話をすればうち解けるのは、心地よい当然だ。
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またしても雨。先に掲載した写真と同じ日だなんて信じられない。
またしても雨。先に掲載した写真と同じ日だなんて信じられない。
管理棟の脇に単車を移動し、パッキングをさせてもらった。


どんよりした空のサロマ湖。
どんよりした空のサロマ湖。
しつこいようだが、午前中の晴天が信じられない。
充電待ちのヒマに任せて撮影。




やがて充電が終わり、雨も小降りになってきたので、いよいよ僕は出発することにした。
時間は四時近い。随分と予定が狂ってしまったが、小一時間走れば三里浜キャンプ場へ着くことは重々承知なので、今出れば明るいうちに到着できる。
管理者さんに挨拶をし、僕は単車にまたがり、出発。豪快にスロットルを開け…たりすると危険なので、慎重に出発した。路面は濡れているし、安全に行かないとね。
ヘルメットのシールドにつく雨の滴を、グローブで時折拭いながら、僕はまっしぐらに…かつ慎重に、三里浜キャンプ場へ向かった。


五時半近かったろうか。僕は、三里浜キャンプ場へ二度目となる到着を果たした。前々日と同様、閑散としている。
景観をチェックしたが、ここも水辺の様子も海そのものだし、この天気では夕日も望めない。とは言え、ここから更に移動したところで、悪天候は同じだし、望ましい条件が揃っている保証はない。
僕は単車を降り、管理棟へ向かった。
「済みません。今日お世話になろうかと思っているんですけど、大丈夫でしょうか?」
「ハイハイ、単車ですね。一番奥がバイク用だけど、今日は空いているから…」と、前々日も頂いた親切なコメント。
「あの…ここの売店って、今買い物は出来ますか?」三里浜キャンプ場には売店があるのだ。
「いや、今日はもう閉めてるねぇ。この天気じゃお客さん来ないからね」
「そ、そうですか。この近くで買い物できるところはあるでしょうか?」
「見たと思うけど、ちょっと戻ると店はあるけどねぇ。欲しいものがあるかどうかは分からないよ」確かに…。だから僕も立ち寄らなかったのだ。
「スーパーとかがあるのはどれくらい先になりますか?」
「うーん、ここから10kmくらいは先だねぇ。湧別町まで行けばあるけどね」
「分かりました。とりあえず、買い物してから手続きします。有り難うございました」
急がないと、また闇夜の設営になってしまう。僕は地図をチェックし、湧別町へ。
20分ほど走っただろうか。少々道に迷いながらなるべく大きな通りを走っていると、繁華街が見えてきた。
やがてスーパーを見つけ、食材を物色。いろいろと見てみたが、結局一人分を調達できるものとなると、昨日と同じ、野菜炒めが関の山のようだ。
構うもんか、と思った僕は、肉だけでも変化を…と思い、カレー用の角切りの豚肉と、味に変化を付けるために醤油、そして、ピーマン、モヤシ、シメジ、魚の缶詰、食パン、それから、割り箸ではなく塗り箸を調達した。出発前に購入しておいたカテトリー(画像参照)のフォークでは、調理がし辛く、焼きたての熱いものなどは、食べるときも不便なこともある。やはり日本人は箸だねぇ。
(右へ)
カテトリーの図。
カテトリーの図。名前は仰々しいが、食事の時に使う道具全般を
指すようだ。別にキャンプ用のを買わなくても良かったと、
ちょっと後悔している。因みに、自慢じゃないけどチタン製。




そして、そろそろ米も…と思ったが、最低でも5kgのしか売られていなかった。あと数日しかキャンプしないのに、5kgも買うのは余りにもバカだ。僕は店員さんに、
「この辺にお米屋さんはありませんか? もう少し小さい単位で欲しいんですけど…」と、目一杯申し訳なさそうに尋ねると、
「あぁ、コンビニに行くとあるかも知れませんよ」
「あの…それはどこに…?」と、更に申し訳なさそうに聞くと、
「前の通りをあっちの方にしばらく行くと、セイコーマートがありますよ。すぐ分かると思います」とのこと。いやぁ、北海道の人たちは、本当に親切だぁ。
「有り難うございます!」と、礼を言い、会計を済ませ、言われたとおりに行くと、セイコーマートなるコンビニエンスストアを見つけられた。後で知ったことだが、セイコーマートとは、北海道を中心にチェーンを展開しているコンビニエンスストアなのだそうだ。セブンイレブンや、ローソンなど、全国区のコンビニに混ざって、商戦を繰り広げているらしい。そう言えば、上陸後何軒も見たっけ。


キャンプ場の管理棟を始めとして、スーパー、コンビニと、何度もヘルメットの脱着を繰り返したせいもあってか、セイコーマート前でヘルメットを脱ぐときは、上へ引っ張るヘルメットにつられてカカトが浮くほどの痛みが両耳に走った。見事に日焼けしている頬も、もの凄くヒリヒリする。
すっかり涙目になりつつも入店し、米を探すが、見あたらない。店員さんに「お米はおいてませんか?」と聞くと、店員さんは申し訳なさそうな顔をして、「こちらに…こんなのしかないんですけど…」と、案内してくれる。涙目になっていたためか、見落としていたようだ。見ると、あるじゃありませんか、1kgのヤツが。
「それです! 僕はそう言うのが欲しかったんです!!」タンクバッグを持っていなかったら、店員さんと両手で握手をしていただろう。
ついでにお酒のコーナーを見てみると、ハーフボトルの馴染みのお酒もいくつも置いてある。なぁんだ、始めっから、何度も素通りしていたセイコーマートへ来れば良かったのだ。
まずはEarly Timesのハーフボトルを手に取ったのだが、よく考えるとハーフボトル程度では、人に勧めたりしているうちに、あっと言う間に無くなってしまう。普通のボトルを買っても、重さやかさは大して変わらない(本当は倍だけど)。
「ええぃ! 買ってしまえ!」と、僕はとうとう750mlのJim Beamを買ってしまった。今日の夜も長くなりそうだし、半端なサイズを買って、物足りなくなるよりは、残って荷物になる方がマシだと思えた。
会計を済ませると、一路三里浜キャンプ場へ。到着したのは、またしても暗闇のキャンプ場だ。まぁ、仕方あるまい。
痛む両耳に、またしても涙目になりながらヘルメットを取って管理棟へ行き、手続きを済ませた僕は、テントを張るのに適当な場所を探しにフリーサイトへ向かった。何としたことか、今日は風も強い。
トイレとシャワーのある建物の間に、二、三台のバイクが止まっていて、風を除けられるよう、建物の陰にテントを張っているのが見られた。人気のないテントもあったが、中で明かりを付けているテントもあった。
(右へ)
さて、僕はどこに…と思っていると、恐らく、僕が到着したすぐ前にやってきたであろうライダーさんが、前々日の僕のように様子を見ていたらしく、先客のテントのある辺りをうろうろしていた。僕が目礼をすると、
「ん? ここでテント張るの?」
「ええ、そのつもりですよ。食べ物も買って来ちゃいましたしね」
「ホントにぃ? オレはライダーハウスに行くかどうか迷ってるんだ。他の人はこの建物の陰を利用して上手くテントを張ってるけど、空いているとはいえ、やっぱり便所の近くには張りたくないしなぁ」
オフロードのバイクに乗っているらしき、やや貫禄のある体型のその方は、400円の料金を払ってしまったものの、この天候ではテントを張る気になれないので、ライダーハウスか「とほ宿」への宿泊を検討しているとのことだった。
「食べ物は、テントの中に入れておいた方がいいよ。カラスに荒らされるぞ」
「…そうなんですか。ところでここのサイト、ペグは効きますかねぇ。一応コンビニの袋に砂を詰めて固定しようかとは思っているんですが…」
「さぁ、どうだろうねぇ。大きめの石にロープでくくった方がいいと思うよ。コンビニの袋というだけで、カラスにつつかれるから」この方、余程カラスにひどい目にあわされたのだろうか?
「そうでしたか。参考になりました。それにしても…この天気には参りますね」
「いやいや、オレは三回北海道に来たけど、三回とも雨だった。お陰で合羽を着るタイミングが身に付いたし、雨に備えたパッキングも上手くなった」
「…………それはそれは」他に言葉が見つからなかった。体型以外からも貫禄を感じさせるエピソードだと思った。色んな経験をしている人がいるんだなぁ。
とりあえず、「僕はテントを張っちゃいますよ。あの建物の前に張ってあるテントの隣なら何とかなりそうですから」と言い、設営の準備に取りかかった。彼は、ここでのテント泊をすっかり諦めているのか、情報収集をしようと携帯電話を取り出し、ダイヤル(携帯でもそう言うのか?)している。きっとライダー仲間がいて、ライダーハウスの状況を伺っているのだろう。


そんな彼を後目に、僕は設営を始めたが、風が強くて非常に苦労した。
風下に入口が向くように、なおかつ、先にテントを張っている人の邪魔にならないようにと、照明も少ない中で、砂地なのをいいことに、整地もせずにどうにかテントを張り終えた。
テントが飛ばないように荷物を放り込むと、出発前に買いそろえたプラスチックの太いペグを砂地のサイトに刺してみた。ハンマーを使うまでもなく脚で踏みつければ突き刺さるが、キッチリと差し込みきると、どうにか固定できそうだ。大荷物に自分の目方があれば、寝ている間にテントが飛ぶことは無いだろう。
結局、コンビニの袋は無くても良かったんじゃないか…と思うと力が抜けた。まぁいいや。
テントの中の荷物から、食事の準備をすべく食材やクッカーを取りだして、水場へ向かおうとした。すると、さっきの彼が「空いているライダーハウスが見つかったよ。ここからそう遠くないから、オレはそっちへ行くよ」と、安堵の表情を浮かべながらそう言った。
「そうでしたか。では、この後も気を付けて」と、僕が挨拶をすると、彼も片手を上げて挨拶をし、ヘルメットを被り、走り去って行った。
さて、こっちは食事だ。やることは昨日とほぼ同じだ。500mlのオレンジジュースの紙パックを開いて作ったまな板や、野菜のトレーを二、三度、風に飛ばされそうになったが、テキパキと作業を終え、今度は炊事場へと移動した。バターや肉から油煙が出そうで、テントの前室での調理は憚られたし、炊事場ならブロック塀で四方を仕切ってあるから、どうにか風を凌げそうだったからだ。
が…。炊事場のブロック塀は思ったより低く、うんと壁際でないとひどく風雨が吹き付ける。
(右へ)
結局僕は、シャワーの建物の陰で、炊事場の隅っこの方に椅子を置いた。それでも吹き込む風雨はいくらかマシという程度だった。
ストーブを組み立てたり、バターを取り出そうとして食材から目を離していたら、ザルの中の食材に、舞い飛んできた砂が胡麻塩のように付着している。その光景は、僕に著しい脱力感を与えたが、ここまで来て食べないわけにもいかない。目立つ分だけ砂を払い落とし、プライパンヘ放り込み、時折醤油を垂らして味を調えた。カレー用の肉は、ストーブの火力では中まで火が通りにくいし、その間に野菜はどんどん焦げていく。
食べている間も、強風が容赦なく吹き付け、雨の滴が顔や肩に降り付ける。口の中では落としきれなかった砂が、一噛みごとにジャリジャリと音を立てる。
『砂を噛むような気分』という表現があるが、これでは『砂を噛むような食事』だ。我ながら巧いと思うが、当てはまりすぎていて笑う気にもなれない。
なんだか悲惨だ。つくづく惨めだ。僕は、何でこんな思いをしているのだろうか? キャンプに来て、不便を楽しむためなのか? こんなやるせない不便を、楽しもうという人がこの世にいるのだろうか? さっきの彼がそうしたように、荷物を降ろした後とは言え、ライダーハウスに泊まった方が良かったんじゃないのか?
などと考えつつ、用意した食材を食べ終えた。お腹が膨れたという実感はあったが、満足感でも満腹感でも無かった。
濡れナプキンやティッシュで、大雑把にクッカーやカテトリーを拭った僕は、ブルーを通り越して、ダークグレーくらいの気分でテントへと引き上げた。風呂でも浴びれば気分も変わるかと思ったが、シャワー室は8時で終了していた。

テントに戻ると、半濡れの服を着替え、寝袋を広げて身体を納めた。ここまで来たら、あとはもう飲むしかない。タンクバッグからボトルをスチャッと取り出し、マグカップにJim Beamを注いだ。トクトクトク…と、心躍る音がする。ズズッとすすり、舌先で転がし、飲み込むと、喉に心地よい刺激が走り、胃の中で熱となって、活力を呼び覚ますようだ。
「滲みるなぁ」
僕は呟いた。少し気分が良くなった。
外は相変わらずの風と雨。風はフライをはためかせ、雨音を強める。そんな中で、好きなお酒を一杯やる。なかなか悪くない。なかなか僕も単純だ。
僕はさらに、MDプレーヤーを取りだし、久しく聞いていなかったJo黍 Gilberto(ジョアン・ジルベルト)のアルバムを聴いた。Jo黍のギターの音色と歌声が、風や雨の音…そして、鬱々とした気分を洗い落としてくれるようだ。Jo黍は、気むずかしく神経質で、変人とまで言われる人だが、歌声はとても優しい。
「滲みるなぁ」
また僕は呟いた。今日は、昼までと夕方以降で、二日分の北海道を味わったような日だった。そして、一日にして絶頂とどん底を味わったような日でもあった。
『幸福とは、人をその後に待ち受ける不幸に引きずり込むために用意された罠だ』
と、僕が大学の頃につけた日記に書いたのを、ふと思い出し、苦笑した。
(右へ)
少し落ち着きを取り戻した僕は、携帯電話を取りだし、親しい人たちにメールを打った。
ちびちびと飲んでいたバーボンの二杯目を空ける頃に、Jo黍のアルバムが終わったので、UAの初期のアルバムにかけ替えた。UAの歌声も大好きだ。ジャズやボサノバにも理解のある人らしく、カバー曲が入ったアルバムも出ている。何と言っても、温かく、膨らみのある声に魅せられる。
「滲みるなぁ」
またしても僕は呟いた。そして「でも、そうだろうか」とも思った。前述の学生の頃に書いた一節のことだ。
先に幸福感に耽溺していれば、後にやってくる不幸は耐えがたいものだが、順番が逆なら不幸の後に訪れるかも知れない幸福は、それこそ至福と思えるのではないだろうか。
散々な目にあったと思ったが、今の僕は好きなお酒をあおり、好きな音楽を聴いて、「至福」とは言わないまでも、ささやかな幸福感…いや、安堵感を味わっている。人生とはそうした両極の繰り返しだ。どっちが先でもなく、どっちが最後でも無いだろう。そもそも、僕が経験してきた「不幸」など、ささやかなものだ…。
そんなことを思いながらメールを書いていると、どうしようもなく眠くなってきた。
今日はとことん飲もうと思っていたのだが、炎天下のスケッチが応えたのか、疲れがバーボンに呼び起こされたのか、疲労は睡魔へと姿を変えたようだ。これだけは書き終えなくては…と思っていたメールを書き終わらないうちに、僕はぐっすりと眠り込んでいた。



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