便利に毒されし者の北海道おっちょこちょいスケッチ旅行・2002年

ランデブー・剣淵のキャンプ場へ

ねえ、そこの男性ライダーさん。
単独でツーリングに出かけたことがあるなら、チャーミングな女の子と二人でランデブーしてみたいなあと、チラッとくらいは思ったことあるでしょ?
単独ツーリングでキャンプした事があるなら、同じテントに寝泊まりしなくても、すぐ隣にテントを張っている女の子と食事とか一緒に出来たらなあとか、考えたことがあるでしょ?
カップルで単車2台にのってキャンプ場へ来て、仲睦まじくキャンプしているのを見て、うらやましく思った事があるでしょ?
単車に乗っていなくても、一人旅をしていて、漫画やドラマのような異性との出会いをチラリとでも期待することは誰だってあるでしょ?
何としたことか、そういうことが僕に起こった。

8月14日・遠別の道の駅へ

ソフトクリームを食べた。300円くらいだったか?
ソフトクリームを食べた。300円くらいだったか? 顎の当たりが透けているように見えるが……。デジカメでも妙な写真が撮れるんだなあ。(汗)

給油が済むと、僕はそのまま国道232号線を下っていった。
危機を脱出して、ホッとしていたためか、何も考えないまま、漠然と今まで来たのと同じ方向に走っていた……そんな感じだった。
すると、道の駅の標識が目に留まった。遠別と言うところのようだ。
僕は、キムアネップキャンプ場で会った名古屋の方が「道の駅ではソフトクリーム」と言っていたのを思い出した。ガス欠で停まっていた駐車場も、停まっていたとはいえ休憩していたという感じでもないし、この先のルートもちょっと検討したかった。
「よし、ソフトクリームを食べよう♪」と、僕は道の駅へと乗り入れた。
道の駅は、どエラい混みようだった。駐車場も車や単車で一杯で、停められる所を探すのに手間取るほどであった。
僕は、どうやら二人で旅していると思しきお嬢さんライダーの隣に場所を見つけ、単車を停めた。

ソフトクリームを買い、単車の近くで食べようかと思って戻ってくると、お嬢さん二人組はまだそこにいた。
いいなあ、こんなお嬢さんたちと一緒に走れようものなら、さぞかし楽しかろう……などと思った。

実際のところ、僕はスケッチが目的の旅行をしているのだから単独で行動すべきと思っていたのだが、特に食事の時など、一人では非常に不便だ。チラリと三里浜キャンプ場での惨めな食事が頭をよぎる。

この後のルートを検討するにしても、僕の持っている地図も情報も心もとない。同行する人がいて、僕よりも豊富に情報を持っているようなら、やはり心強い。ツーリングマップルでいろいろと相談に乗ってくれた口ひげさんのことが頭をよぎる。

キャンプ用具にしても、単車の旅行では積めるものに限りがあるが、複数の人数なら新たに買い足したり、などして持ち運ぶことだってできるし、道具の貸し借りだって出来る。道具もともかく、同行する人がいるというのは、やはり心強い。僕はもともと単独行動の方が好きだし、孤独だってそれほど辛くはないが、旅行も6日目を数え、さすがに人恋しい気持ちが沸いていなくもなかった。昨晩出会ったお二人の顔が頭に浮かぶ。

肝腎のスケッチにしても、移動や宿泊を一緒にするだけで、スケッチの時だけ単独行動させて貰うことにすれば良いのだ。新参者がいては邪魔くさい事をして貰っている間に、僕はスケッチしていれば良いのだ。この旅も、ここまで来たら、複数での行動だってアリだ!
(ようし、いっそのことこのお二人に声をかけてみようか!)と、ソフトクリームを食べる自分の写真を撮りながら決心し、声をかけようと振り向くと……お二人はすっかりヘルメットをかぶり、エンジンをかけようとしていた。

(ちっ、遅かったか……)
いざ出発というお二人を呼び止められるほど、僕も鉄面皮ではなかった。
よく考えると、もしお二人が僕がこれから向かう方向から来た人たちであった場合、意地でも同行しようとするならば、僕は来た道を戻らなくてはならない。さすがにそこまではできない。
まあ、そう簡単に旅のお供が見つかるものではないだろう。
僕は、一人で勝手に旅の安全を祈りながら、お二人を見送った。
「とりあえず、ソフトクリームを食べ終わったら、地図を開いて行く先を検討しよう……」
そう思っていたとき、かなりの音量の排気音を轟かせて、大型の単車が駐車場へと入ってきた。乗っているのは、小柄なお嬢さんのようだった。
「へえ、あんな女性があんな大きな単車に……」と、少々驚いた。単車はハーレーのようだ。さっきのお嬢さんたちが停めていた場所が空いていたため、僕の隣へと単車を乗り入れた。
単車を停めた彼女は、赤いジェットヘルを取りつつ、ソフトクリームを食べている僕の方をサングラス越しに見ているような気がしたので、戸惑いながらも目礼をした。すると、
「さっき、写真を撮ってた人ですよね?」と、話しかけてくる。(注:今後会話が多くなりそうなので色分け)
「そ、そうです。よくご存じですね」僕は、驚いて答えた。
「だって、私のこと、何回も追い抜いて行ったじゃないですか」と、笑いながら言う。
「え"、そうでしたか。それはそれは……」天気が回復したのに浮かれ、撮影に夢中になっていたため、同じ単車を何度も追い抜いたことさえ気づかなかったようだ。
僕の見た感じ、二十代後半くらいだろうか。ハーレーなどに乗っているのが不似合いな印象さえある可憐な女性だった。髪の毛は茶色く、サングラスをかけていて、お上品という感じでは無かったが……。

渦巻く下心

「それ、美味しいんですか?」彼女は、僕の食べているソフトクリームを見て、そう聞いた。
「え……ええ、そりゃもう。あっちで買ったんです」僕は、そう答え、買ってきた店の方を指さした。
「じゃあ……私も買ってこようかな」と……彼女は単車を降りると僕が指さした方へと歩いていった。
彼女の後ろ姿を見送りつつ、何だか……あの子が戻ってくるのを待たずにここを去るわけには行かない雰囲気かなあ、と思った。
さっき、旅のお供をお願いし損ねたという事も含めた勝手な思いこみと言えるかも知れないが、ソフトクリームを勧めるような返答をしておいて、ふいといなくなると言うのも、余りに愛想がないし、逃げ出したみたいだ。
かといって、僕が美味しいと言ったソフトクリームについての感想を聞くまで待つというのも何か変だ。
とはいえ、折角女性が声をかけてくれたというのに、挨拶一つせずにこの場を去るのも、失礼なことのような気もする。
でも、あの子が挨拶をしてくれたのは、キムアネップのキャンプ場で出逢ったBMWの子のように、ツーリング慣れしていて、出逢ったライダーには惜しみなく仲間意識を感じて話をするタイプだからなのかも知れない。
何度か追い抜いた人だというだけで、ああして声をかけてくれる辺り、そう言うタイプである可能性は極めて高い。僕と一緒に走りたいと思って声をかけてくれたと考える方が不自然だろう。
僕があの子を待とうと思う気持ちのどこかに、この後のライディングを一緒に……という下心が含まれているのは否定出来ない訳であって、待つだけ待って誘ってみて「私、独りで旅をしたくて北海道に来たの」なんて言われようものなら、この後の僕の旅はしんどいものになりそうだ。
しかし、いくらオロロンロードが長いからといっても、ガス欠で時間をロスした間によく追い抜かれなかったものだ。この道の駅で遭遇できたのが、僕には不思議だった。

……などと、ソフトクリームを食べ終え、色んな事を考え、トイレへ行ったり、ソフトクリームを買いに行った子の乗ってきた単車をしげしげと眺めたりした。ナンバープレートを見ると、仙台から来た人のようだ。
積み荷を見ると、ヨレヨレになっているネットで荷物を固定してある。よくこれで荷物を落とさなかったものだ。これは、教えてあげるのがライダーとして正しいだろう。彼女の戻ってくるのを待つ、正当な理由が見つかった僕は、煙草を吹かしながら暫く待った。
しばらくして、彼女は戻ってきた。
ソフトクリームを手にした彼女に、「どうですか?」と聞くと、「美味しいですよ」と、答えた。
「単車、ハーレーですよね。何ccですか?」
「1450ccです」彼女は涼しい顔をして答えた。
「うわ、そりゃあ車の排気量ですね」
僕のは400ccなので、その子の単車の方が1リットルも排気量が多い。恐れ入りました。
「ところで、荷物が今にも落ちそうですけど、大丈夫なのですか?」と、用意していた質問をすると、
「大丈夫。ゴムバンドで止めてあるし。お兄さんから貰ったネットだから、古いんだけど……」と、彼女は答えた。
なるほど、よく見ると、丈夫そうな黒いゴムにフックが付いた荷紐がガッチリとかけてある。荷物に食い込んでいて、ちょっと見には気付かなかったのだ。僕は少々焦ったが、
「ああ、そうでしたか。……よくこういう一人旅をするんですか?」重ねて聞くと、
「ううん。初めてですよ」とのこと。おお、それはさぞかし旅のお供が欲しかろう……と僕は勝手に思った。
「……そうでしたか。僕も初めての北海道で、初めての単独ツーリングで、なかなか苦労してますよ」
「私もですう。昨日も雨に降られて大変でした」
そうか。この人も僕と同じ回り方で北海道を旅しているのだ。つまり、自然に同じ方向へ向かうことが出来るのだ。

ヒロイン決定

僕は、東京から来て、北海道へ上陸してから4日目で、スケッチ旅行をしに来ているのだと、簡単に説明した。
「へえ、絵描きさんだったんですか。カメラマンじゃなくて……」と、彼女は少々驚いて言った。
「まあ、雨が多いんで、なかなか思うようにスケッチ出来なくて困っているんですけどね。全く、昨日の雨は、凄かったですよね。僕も、テントを張るのを諦めてライダーハウスに泊まりましたよ」
「本当です〜。2日前も雨の降る中キャンプ場に泊まって、凄く寂しい思いをしました」と、彼女。答を聞いて、僕はしめしめと思い、質問を続けた。
「女性独りではさぞかし大変だったでしょうね。……ところで、この後、どこをどう回るんですか?」
「なーんにも決めてませんよ。どうしようか考えていたところです」
これまた理想的なお答えだ。ここまで来たら言うしかない。僕は、さっきの失敗を繰り返すまいと、ズバリ言った。
「良かったら……この後、一緒に回りませんか? 一人だと、何か作って食べるにも不便だし、丁度旅の連れが欲しかったんです」
「……いいですよ。どこまで行くんですか?」
「とりあえず、次の目的地は洞爺湖の予定ですが、僕もどう回るかは全く決めてないんです。何しろスケッチすることしか考えていなかったので、情報不足でしてね。持っている地図も全国地図だし……」僕は、飛び上がってガッツポーズしたい気持ちを抑え、敢えて淡々とそう言った。

参考のため、もう一度地図を……。
参考のため、もう一度地図を……。
「あ、私、ライダーズマップル持ってますよ」と、ジーンズの後ろのポケットから、ライダーズマップルを取り出した。今いるところのページを開いた状態で表紙と裏表紙を合わせ、そのままポケットに突っ込んでいたようだ。なかなか大胆な事をする人だ。

マップルを見ると、彼女が通ってきたと思しきルートが、蛍光ペンでなぞってあった。確かにオロロンロードを通ってきたことが分かる。
「洞爺湖まではまだまだありますね。何通りかルートは考えられますけど、本当に行きたいところとか無いんですか?」
「ううん。別に……」と、彼女。
「そうですか。僕もそれは同じなので、とりあえず内陸を通った方が近そうだから国道232号へ入って、次に239号、40号と下っていきましょうか」と、僕はよく分からないながらも提案した。
「そうですね。そうしましょうか」
……ということで、僕らは遠別の道の駅を後にした。

「真面目なスケッチ旅行記かと思って読んでいたのに、ナンパしてるじゃないか」と、これを読んで思う方も多いだろう。そうだ。僕はナンパしたのだ。
スケッチはスケッチでちゃんとやるし、やることさえキチンとやれば、他の部分は楽しみたいし、そのためには積極的に努力する。それが何か悪いことだろうか?
どうせ僕は孤独を愛するタイプでもなければ、正統派ライダーでもない。どう取られようと結構だ。ああ、何とでも言ってくれ! 別に男女でなければ出来ないようなことをしようと思ってる訳ではないし、そういう魂胆が見え見えならば、彼女は僕の誘いになど乗らなかっただろう。

さておき、好天に恵まれ、チャーミングな女性と一緒にツーリング……何たる僥倖だろう。僕はフルフェイスのヘルメットの中で、ニヤニヤするのを抑えきれなかった。
なんにせよ、どうした運の巡り合わせか、浮かれて写真を撮っていたお陰というべきか、僕は思いの外すぐに、旅のお供と巡り会うことが出来たのだった。

Rendezvous♥

出発前に、とりあえず僕が先行する事にしていたので、僕はチラチラとバックミラーを覗きながら走った。
見ていると、すれ違うライダーさんと交わすピースサインのアクションも僕がやるよりも随分大きい。やはり開放的で外向的な女性なのだろう。
複数でのツーリングは、遅い人にペースを合わせなくては成り立たないので、それがストレスになることもある。が、女性とはいえ、向こうは1リットルも排気量に勝る単車に乗る人だから、僕はそれほど心配していなかった。

途中、ゆっくり走っている車を追い抜いたりもしたが(勿論、ついて来やすい状況であることを慎重に確認して)、さほど遅れずについてきてくれる。実際、おっかなびっくり走っている感じではなかった。

小一時間ほど走っただろうか。国道232号と239号が合流するところへ来て、信号待ちで停まった。
単車だと、こういうときにしか話をするチャンスがない。
「ペースはきつくありませんか?」と、信号待ちの交差点は騒々しいし、ゆっくり話が出来るものではないため、僕は声を大きくして短い言葉で聞いたが、
「大丈夫ですう~」との返事。無理して言っている訳ではないのは、走り方を見ていれば分かっていたつもりだった。
「ここから先は、先に行って貰えますか? ちょっと道に自信がないので……」と、僕が言うと、彼女は黙ってうなずいた。案内を押しつけたような感じだが、彼女の地図を見て決めたルートだし、僕が先行して道に迷うような事になっては不味い。僕はもの凄く方向音痴なのだ。

それからしばらく、僕は彼女の後ろについて走った。
後ろから見ていても、ハーレーを駆るに恥じない、なかなか豪快な走りっぷりだった。
やがて国道239号はきつめのカーブの続く山道へと変わり、車の通りも少なくなってきた。
単独で走っていれば、うずくライダー心に任せて、ガンガン走りたいところなのだが、ある程度の車間距離をとって彼女の後ろを僕は走った。とはいえ、それほど退屈に感じることはなかった。
ホイールベースが長く、旋回性に劣るアメリカンのバイクでは、峠を走るのは大変かと思っていたが、それも余計な心配だった。むしろ、単独でマイペースで走っているライダーさんを追い抜くほどのペースで僕らは走り続けた。なかなかライディングも達者な人のようだ。
どれくらい単車に乗っているんだろう……といか、今幾つなんだろう……などと思ったが、それよりも名前すら聞いていないことに気づいた。
こりゃあ、キリの良いところで、一息ついて、自己紹介くらいはした方がいいな……と、僕は思った。
山道を抜けて間もなく、僕は速度を上げて彼女を追い抜くと、左にウインカーを出し、左腕で左側のコンビニエンスストアを指差した。この辺で一息入れようと合図を送ったのである。自己紹介を……と思ったこともあったが、もう2時間近くも走りっぱなしだったのだ。
僕が駐車場に乗り入れると、彼女も僕の隣に単車を停めた。

やっと自己紹介

この方が遠別の道の駅で出会ったハーレーの女性。
この方が遠別の道の駅で出会ったハーレーの女性。旅行記初登場にしては映りがイマイチなのがご本人に恐縮だが……。
「ふ~、何キロくらい走っただろう」単車を降りるなり彼女は言った。
「うーん、100kmくらいじゃないですかねえ。良く走りましたね」僕は笑って答えた。
彼女は煙草を取り出し、吸い始めた。良かった。嫌煙者じゃ無かったのだ。僕も、思い出したように煙草を取り出し、火をつけた。
「ねえ、あんだ、歳いぐづ?」
「?? 僕の歳ですか? 35ですよ」僕はいきなりの方言に面食らって答えた。(注 しつこいようだが、方言は適当)そしてもう一つ、突然うち解けた口調で話しかけられたのにも、少々驚いた。かといってそれは、決して不快な馴れ馴れしさではなかった。知り合ってから2時間半ほどで、交わした言葉も僅かだが、2時間に渡って特殊な関わりを持ったのは間違いない。堅苦しいのが好きな僕が特殊なのであって、普通はそうなるだろう

「アハハ。若く見えるね~。二十代半ばぐれえでもっと年下かと思ってだ。わだし36だよ」
「何と……僕も絶対年下だと思ってましたよ。歳食っててガッカリしましたか?」と僕は苦笑した。年下だというのはかろうじて正解だが、二十代半ばというのは大ハズレだ。そりゃまあ、恥ずかしながら若く見られる事が多いのは事実だが……。
とにかく、「お嬢さん」とか「その子」とかいう表現があまり適当でないお年であることに、僕はとても驚いた。
「いやいや、会う人会う人みんな年下だったっけね。わだし、娘もいるよ。もう15だ」
「!! そうなのですか。失礼かもしれませんが、ちっともそんな風には見えませんね」それは本音だった。
小柄で可憐な女性がハーレーに乗って独り旅をしていて、実は大きな娘さんがいる……僕の常識を遥かに超越している。これは、とんでもないツワモノのお供をすることになったのかも知れない。

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