便利に毒されし者の北海道おっちょこちょいスケッチ旅行・2002年

炊飯・そしてしばしお別れ

キャンプ場の朝の風景。
キャンプ場の朝の風景。種々のサイトで調べたところ、管理棟、炊事場などは、最近出来た施設らしい。
こんな綺麗なキャンプ場なら、カップルで来たいでしょ?
こんな綺麗なキャンプ場なら、カップルで来たいでしょ? ワハハハハ。

8月15日・朝食♪

朝食の準備をするユミカさん。
朝食の準備をするユミカさん。
この日の朝食、鯖のフィレ・チリソース煮の缶詰と、ご飯。
この日の朝食、鯖のフィレ・チリソース煮の缶詰と、ご飯。そこそこのメニューだが、野外で食べると本当に美味しい。

目覚めると、仄曇りの空……。先にユミカさんの方が、起きていたと思う。
臨場感ぶち壊しな事を書くが、半年前ほど前のことを書いているので、記憶が不確かなところが多くて、旅行記の執筆も遅れ気味である。

さておき、身支度を簡単に済ませた後、僕らは朝食の準備にとりかかった。
風雨の中、三里浜のキャンプ場に泊まったときに買っておいた魚の缶詰があったので、それをおかずにすることにした。
僕がストーブなどの準備をしているうちに、ユミカさんが米を研いできてくれた。米を研ぐくらいは僕も朝飯前だが、流石は主婦なだけあって、率先してやってくれたのだ。(感謝)
ユミカさんも、ポット型のクッカーを持っていて、2、3日前はご飯を炊いたという事だったが、僕は単独キャンプでのクッカーによる炊飯は初めてであった。大まかに、ストーブにクッカーを用いての炊飯の仕方は予習していたが、一人でやっていたら、かなり心細かっただろう。
ご飯が炊けるまで、ほぼ20分。これを一人でやっていたら、「オレは一体、何をしていれば良いというのだ!」というくらい長い時間だが、ユミカさんと談笑しながら待っていれば、あっと言う間に時間は経つだろう。
主婦に付き添って貰って、安心して炊飯でき、待ち時間も苦にならない……。ああ、本当にユミカさんにお供をお願いして良かった……などと、前日から相も変わらぬ自分勝手な幸福感に浸っていたら、
「キャーっ」
とユミカさんの悲鳴。ギョッとして我に返ると、炊飯中のクッカーが、ストーブもろとも転倒している。それどころか、横倒しになったストーブから、ガスバーナーのような炎が上がっている。
「うわ、大変だ!!」と僕は叫び、タオルを手にし、ストーブとクッカーを慎重に立て直した。
不安定な草地のサイトで、平面を確保しようと思って置いていたスケッチブックが小さすぎて、結局安定しなかったために倒れてしまったようだ。クッカーの蓋に圧力をかけるためと、まとめて温めるために置いておいた小さい鍋のため、重心が高くなったのも原因のようだ。
炎が上がったので大慌てしたが、ストーブを正しく置き直すと炎は納まり、何事もなかったかのように、大人しい青い炎に戻ってくれた。クッカーの中身が多少はこぼれた以外は、火傷も類焼もなくてすんだ。スケッチブックも濡れずに済んだ。
「いやあ、ビックリしましたねえ。もっと大きいスケッチブックを敷いておくべきでした」
「ううん。でも大火事になるかと思った」
まったくだ。大火事は大袈裟にしても、キャンプ場という公共の場で、ボヤでも起こしたらシャレにならない。本当に、無事で良かった。

中身が少し減った事もあってか、クッカーからは間もなく香ばしい匂いが上がってきた。
蓋を取ってみると、ツヤツヤとしたご飯が出来上がっていた。
先ほど、お湯と一緒に米もいくらかこぼれたので、キチンと炊きあがるかどうか心配だった僕は、非常に感動した。
各々の器(僕のはクッカーのフライパン)にご飯を盛り、缶詰をおかずに食べると、これまたもの凄く美味しかった。
ハプニングはさておき、「女性と一緒に朝ご飯なんて、何年ぶりだろう……」と、またしても感慨に浸る僕であった。

「ライダーらしい格好」をして食事するユミカさん。
「ライダーらしい格好」をして食事するユミカさん。
クッカーに残っているご飯を片づけようとする僕。
クッカーに残っているご飯を片づけようとする僕。ユミカさん撮影。

そうだ、ご飯を食べるところも撮影しようとデジカメを取り出し、ユミカさんを撮ろうとすると、
「あ、ちょっと待って! 折角だからライダーらしい格好する」とのこと。
見ていると、ユミカさんは頭にタオルを巻き、サングラスをかけた。僕は少々理解に苦しんだが、ライダーらしくなったユミカさんをカメラに収めた。
「あんだも、撮ってあげるよ」というので、撮って貰ったのが、右の写真である。

一緒に炊事場へ行き、片付けを済ませた。洗い物にしても、一人でやるときとは随分気分が違う。一人には一人の良さ……もあるとは思うが、それはそれ、これはこれ……である。

テントへ戻ると、時間も10時を回っている。三里浜のキャンプ場同様、チェックアウトの時間は11時という決まりがあったが、これも同様に「ゆっくりしてていいよ」とのことであった。とはいえ、無駄にダラダラしているのも、勿体ないので、バイクを駐輪場からテントの近くへ運び、テントを片付け、パッキングすることにした。
片付けをしながら、僕の方を見ていたユミカさんは、突然こう言った。

「あんだ、そういえばカッコいいジャケット着でるよね。随分着込んでいるみたいだけど、そろそろ手放そうとか思っでるでしょ?」
「え? う~ん、ヒジの辺りが毛羽立ってきているし、そろそろ新しいのが欲しいという気はしますけど……」

食事中の僕。テントが2つとも入るように、撮ってくれた。
食事中の僕。テントが2つとも入るように、撮ってくれた。
「ねえ、1万でも2万でも出すから、譲ってくんね?」
「こんなボロボロのジャケットに、お金なんて……。それより、単車に乗っていて、何度も僕を守ってくれたジャケットですから、『ハイ、そうですか』という訳にもねえ……」と、僕はちょっと意地悪くいったが、「ジャケットが守ってくれた」というのは本当で、実感していることである。数年前に強風に煽られてガードレールに激突したときに、丈夫な素材で出来たこのジャケットを着ていたお陰で、軽い打撲だけで済んだのだ(単車のカウル、メーター周りは大破したが)。そんなこともあって、数年来愛用しているこのジャケットには、思い入れも執着もあるのだ。
「だって、ネットのオークションでは、同じヤツが8万くらいの値がついてだよお」
「ええ?? 僕が買ったときは1万7千円くらいでしたよ。何にしても、こんなにボロボロじゃなかったでしょ」
「そのボロボロ具合がいいのよ~。猫背なデブチン仕様になっているのが、またいいし……」と言い、着崩れた僕のジャケットの格好を真似て、ユミカさんは猫背になって見せた。
「……さては、僕のジャケットが目当てで、僕の誘いに乗ったんですねえ?」
(またデブチンって……)と思いつつ、目一杯意地悪く言いかえした。
僕のフライトジャケットを着てご機嫌のユミカさん。
僕のフライトジャケットを着てご機嫌のユミカさん。

「違う違う、そんなこと気にしてなかったよお」と、ユミカさん。まあ、そんなに瞬時に「狙っていたジャケットを着ている男と行動を共にすれば、このジャケットを安く入手できるべさ」などと計算できるものでもないだろう。
「その革ジャンと交換で良いなら、今譲ってもいいですよ」と僕は続けた。思いついてユミカさんの上着を見ると、これまた随分と年季の入った革ジャンであった。
「これはお兄ちゃんから貰ったものだから、簡単に譲れねべ」
……だそうだ。ヤレヤレと思っていると、「せめて、それを着た写真さ撮ってくれねべか」
と、ユミカさんは言うので、ジャケットを手渡し、オーストリア軍の流出品だという鞄を背負いポーズをとった。この旅で、濡らしもしたし、汗もかいたジャケットを、女性に着せるのは少々気が引けたが、本人が懇願するのだから仕方あるまい。
と、半ばしぶしぶ手渡したジャケットだったが、軍用の鞄も相まって、今日初めて着たとは思えないくらい、ユミカさんによく似合っていた。

予定を立てるも……

パッキングしつつ、僕らはこの後のことを話し合った。
「ユミカさんは、この後どうしますか?」
「わだしは、美瑛にある『セブンスターの木』さ見に行きたい」
「はあ、それは一体どんな木なのですか?」
「とほ宿で聞いたんだけど、『ただの木なんじゃないの? と思うでしょ? 行ってみたら、ただの木だよ』って」
「はは……そうですか。セブンスターのパッケージに木が入ったのがあった気がしますが、それでそんな名前なんですかね?」
「わがんね」
……のだそうだ。
後日調べたところによると、煙草のCMが良く撮影される景色の良いところで、広々とした丘に一本だけ立派な木が立っている……それが「セブンスターの木」らしい。ちょっと調べた範囲では明確な答が見つからなかったが、恐らく煙草のCMが撮影されたのにちなんで、そう呼ばれるようになったのだろう。リンクを貼りたいところだが、ネットで検索すれば沢山ヒットするので、興味のある方はお調べ下さい。確かに景勝地と言える場所のようだ。

「まあ、僕も予定はないし、お供してもいいですよ。ところで……露天風呂へは行かないんですか?」わざと含み笑いを浮かべて僕が聞くと、
「良さそうなところがあったら入るべさ」
キチンと聞かなかったが、恐らく僕が一緒でも構わないと言うことだろう。
「そうですね、洞爺湖へ着くまでに良さそうな所があったら入りましょう」本当は温泉など好きではないと、最後の最後まで言わなかった僕であった。
「洞爺湖の周辺も温泉が沢山あると聞いていますが……あとどれくらいで着きますかねえ」
「あと2時間くらいで着くんでねえの?」
「ああ、そんなモンかも知れませんね。また、暗くなってもなんですから、さっさと出発しましょうか」
地図もチェックせずに、土地勘のない者同士が予測をすると、こういう結論が出る。その結果どうなったかは、この後を読んでいただこう。

パッキングを済ませ、管理棟で挨拶を済ませると、僕らはキャンプ場を出ることにした。

思い出した本来の立場

敷地内から道路へ出るまでの何百メートルかを走る僅かなうちに、僕はハタと考えた。
「待てよ、16日は友人に会いに行く。夜に札幌へ行くとして、昼間にスケッチする時間があるだろうか? スケッチできる場所が見つかるとも限らないぞ」と、絵描きである僕が、突如目を覚ました。
「でも、ユミカさんとは明日でお別れだ。楽しいランデブーも、観光地巡りも、露天風呂も、一緒に楽しめるのは今日だけかも知れないぞ」と、自分勝手にラブラブモードの僕が、絵描きの僕に反論する。
「だああ! 何を考えている。俺は何のために北海道へきたんだ! 絵描きらしくスケッチをしろ!」
「折角良い出会いがあったのだ。それを優先して何がいけないんだ? 旅行に来たんだから楽しめば良いじゃないか」
「馬鹿者! 絵描きとして恥ずかしくないのか? 旅行記に何と書くつもりだ?」
「旅行記ごときを気にして、楽しい事をを放り出すことは無いって。こんな素敵な出会いは一生のうちに何度もあるもんじゃないぞ。楽しめ楽しめ」
……などと、めくるめく葛藤の末、敷地内から道路へ出る直前に一時停止したとき、僕はこう言った。

「ユミカさん、よく考えると、スケッチできそうな日は今日しかありません。折角湖の近くのキャンプ場に泊まったのだし、良さそうな場所を見つけて1枚仕上げてきますよ」
悲しいかな、いや、安心し自信を持つべきなのか、やはり僕は絵描きだった。僕は楽しいランデブーよりもスケッチの方を選択してしまったのだ。
「わがった。頑張って描いてきて」
「はい。洞爺湖に着いたら、携帯にメールを下さい。晩ご飯はまた一緒に食べましょうね」
「うん。じゃあ、気を付けて」とユミカさんは小さく手を振った。
「ユミカさんも気を付けて。それではまた後で」僕も左手で手を振った。
出口から、僕は桜岡湖のある右へ、ユミカさんは国道へ出る左へと単車を発進させた。
しばしの間の別行動だが、得も言われぬ寂しさが胸中を占拠していた。
思えば……僕は何度も同じような岐路に立ったときに、絵描きである自分の立場の方を守り、選択してきたのだ。これからも、恐らくそうしていくだろう。
これで良かったのだ……と、何度も頭に浮かび上がる「露天風呂」の文字を、赤の絵の具で塗りつぶそうとする僕であった。

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